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 ポエム化には気をつけろ!

皆様、こんにちは。
7月を通り越して8月も半ばを過ぎてしまいますた。
記事の更新が1ケ月間ない時に現れる広告がいつの間にやら張り付いていたりして。

いかんいかんと思いつつ、
何故か夏になると休みたくなる。



う~ん、ナマケモノ(動物)って可愛いよなあ。。



首絞められそうなのでこの辺でやめておこう。


さて、夏と言えばおばけ。
おばけの夏。
おばけなくして夏は語れません。

つうことで、あなたをゾクっ!とさせるとっておきの動画をみつけましたのでどんぞ。
(できれば大画面、大音量でご覧ください)

DIRT DEVIL: Exorcist
https://youtu.be/9jNPlyDa9hA













どうでした?




えっ?アホ?

傑作だったでしょ(笑)。
あのノリノリのオバサン素晴らしいです。


前置きはこのくらいにして、
本日は「ポエム化」という社会現象について書いてみたいと思います。



ポエム化」って何でしょうか?

それが注目されるようになったのは、今から2年前、NHKの番組「クローズアップ現代」で取り上げられてからだそうですが、もともとこのポエム化問題というのは、潜在的に日本社会において存在していた問題なのだそうです。

で、ポエム化って何?

ポエム化とは、一言でいうならある団体や組織が美辞麗句や感動話などを意図的に利用して民衆を想定する方向へ誘導する社会的な洗脳である、ということらしい。

有名なのは、1989年に流行った「一杯のかけそば」現象でしょうか。

「一杯のかけそば」憶えていますか?

【ガチで泣ける涙が止まらない感動話】一杯のかけそば
https://youtu.be/0x_7DTNzIcA



うぇぇ~ん、泣けますた。

いい話ですなあ。。って泣いている場合ではなかと。

この話自体は一感動話でいいのですが、これが爆発的な流行をするようになると思いもよらない狂騒へと変化します。
この話に感化された人々によって感動話の押し売りがはじまるのです。

そもそも小説やお話に感動するかどうかなんて人それぞれの感性やその時の気分によるものなので、人から言われて感動するなんてことは変な新興宗教の布教活動に加担されているような気持ち悪さがあります。

日本経済がバブル真っ只中の頃、個人主義の拡大や浮かれ踊る社会への戒めと家庭のまとまりを再認識させたかった意図がこの流行の裏に見え隠れします。

タモリは当時このような社会現象を「涙のファシズム」と言って批判したといいます。




ワタスがまだ大学生の頃、内定を受けていた会社から新しい社屋の完成披露パーティに呼ばれて出席したのですが、その時の光景があまりに異様でした。

パーティは2部構成になっており、1部は招いたお客様中心のパーティ、2部が従業員用のパーティとなっておりました。
食べ物も1部での残り物を整えてわからないようにして従業員用に出すというあとで従業員が知ったら不満の種になりそうなことをやっていました(早く到着して給仕を手伝っていたのでわかってしまったのでした)。

4月からの新入社員ということで従業員全員に紹介され、6人の新入社員一人一人意気込みを語り挨拶をした後、それはやってきました。

ピアノのバックミュージックが流れて、社長(創業者)と奥さん(専務取締役)が手を取り合って登場、そしてその後、社員代表の一人が大きな花束を2人に手渡しました。
社員代表は、涙ながらに大声でこう語りました。

私たちのためのこのような立派な社屋を建ててくださり本当にありがとうございました。 」と。

それを合図に従業員たちは一斉に泣き始めました。

えっ?えぇぇぇぇ?
何これ?新興宗教みたいで気持ち悪い!
社屋って別に従業員のために建てたワケでもなかろうに。
当時ワタスの正直な気持ちでした。

ワタスはその光景に何か得体の知れない気持ち悪さを覚えました。
しかしワタス以外の他の新入社員達は口を揃えて「感動した。僕たちも頑張ろうな。」と話していたのです。

それは感動の押し売りによるオーバーな演出で本当に大切な事を隠す意図がみえておりました。

それは"洗脳"というものに近かったのかもしれません。

皆、社長以下幹部の思惑にずっぽり嵌っているのではないか。。そう思わざるを得ませんでした。

よくよく調べてみると、そこの会社は新社屋を建てるにあたり銀行から相当なお金を借りておりました。
またその社屋のある商業団地全体の代表でもあるので金額的な負担はかなりものであることがわかりました。
その後、その会社を辞めた大学の先輩に会って重要な情報をもらいました。

従業員を洗脳教育して幹部に逆らえないようにし、従業員は劣悪な労働環境の下頑張ることを美徳として強要される。。

やはり思っていた通り限りなくブラックに近い会社であることがわかりました。

あの気持ち悪さの正体が何であるかわかったとき、ワタスは迷わず内定を断りました。

さて、その後のその会社の顛末ですが、展開していた全国チェーン店を徐々に縮小し、1998年には倒産となりました。



2016年の今、社会の状況があの時の会社と何かダブッてみえてくる。
介護業に携わっていた職員による事件が後を絶たないのも美辞麗句を唱えながら大事な事には蓋してきた会社経営の在り方、ひいては介護報酬引き下げによる政府政策の無責任さにあると思うのです。

今年になって約半年間介護業の現場をみる機会があったのですが、働く人にとってはかなり厳しい環境であると感じました。
しかし、経営者にとっては他の業種よりも営業的なものが少なくその分楽な経営ができると感じました。

ある程度形を用意すれば、資金的には計画が立てやすくお金の取りっぱぐれはほとんどありません。

ただし、そこにあぐらをかいて労働環境の整備や教育体制、良い人材の確保、従業員の精神的なケア体制の確立等を怠っていると社内でのイジメや利用者とのトラブルが起こりはじめ、利用者や従業員離れとなり業務遂行が困難に陥りそして倒産となります。

介護業に詳しい知り合いの話によれば介護業の経営者達は、他の業種の経営者とは違って社会経験が少ない人が多いそうな。
ある意味、経験の薄い学校の先生と同じなのかもしれません

そういえば、この半年間の現場では朝礼でかわるがわる「職場の教養」という冊子を読まされて感想を言わされていたのですが、その内容がいわゆるいい話を集めた「ポエム化」そのもので、ある種の気持ち悪さを感じていました。

あの気持ち悪さって、学校教育と共通するものであったのかもしれません。

ではその「職場の教養」から抜粋してみましょう。

poemu-12.gif

「職場の教養」は、倫理法人会会員に毎月無料で配布される冊子です。
毎月約160万部と日本有数の発行部数だそうです(ホントかな)。

--- 転載開始 --------------------

一杯のコーヒー

N氏が海外へ出張する前日のことでした。妻が、急病により緊急手術を受けることになったのです。
手術は無事に終了し、N氏はひとまず安心しました。

入院中の妻のことを考えると、後ろ髪を引かれる思いもあったN氏でしたが、義母に妻と子供たちの世話を託し、日本を出発したのです。

一週間後に帰国し、すぐに病院へ駆けつけると、妻は術後の回復が良く、歩けるようになっていました。
病院内の喫茶店で妻と話しをし、翌日退院できることを知らされたN氏はホッとしたのでした。

しかし退院して数日後に、再度、海外出張が入りました。家を出る前に、妻から入院中に書いた日記を手渡されたN氏は、
飛行機内で読むことにしました。

そこには、術後の不安な気持ちや、「あなたが帰国して、久しぶりに二人きりで飲んだ一杯のコーヒーの時間が、
とても幸せでした」などと記されていました。

妻の真意を知ったN氏は、一杯のコーヒーを二人で飲む時間を今まで作ってこなかったことを深く反省しました。
今は、夫婦二人の時間を大切にしています。



今日の心がけ●家族との時間を作りましょう



--- 転載終了 --------------------

家族との時間を作るかどうかなんて一人一人が自分で決めることであって外部から言われるスジ合いではありません。

こんなものを毎朝読んで感想を言い、社長がそれについてまた感想を言う。くだらねえ。。そう思いますた。

まさに「ポエム化」の旗頭、職場の強要、もとい職場の教養。

これは奴隷の道徳だと言った人がいるがワタスもまったく同感ですた。



poemu-11.gif

居酒屋甲子園」ってご存知でしょうか?
居酒屋業界で働く人達が1社約20分間ほどのプレゼンテーションを競い合う大会です。

夢、仲間、絆、希望、笑顔、理想の自分そんな言葉がポエムのように発せられます。

若者が発している言葉をそのままとるのではなく、その背景には厳しい労働環境、
経営者からいいように搾取されている日常、洗脳されて身動きが取れなくなっている状況を察すると
悲しい現実が見えてしまいます。

第二次世界大戦時のアウシュビッツ強制収容所のゲートに書かれてある「労働は自由にする」あの言葉と同じかもしれません。



2014年反響を呼んだNHKの「クローズアップ現代」の動画がありましたのでもし時間があればご覧になってみてください。


「クローズアップ現代」2014年1月14日(火)放送
http://dai.ly/x1a25oa

「クローズアップ現代」2014年1月14日(火)放送 投稿者 yamato_1121




一見心優しいそうな言葉に何か気持ち悪さを感じたら、それはポエム化かもしれません。



ポエム化には気をつけろ!



P.S
日本社会の「ポエム化」現象を早くから警告していた人がいたのです。
その人こそ何を隠そうあの伊東のまぼろし博覧会でみた村﨑百郎さんだったのですた。

まさかそこと繋がるなんて。。

世の中面白いですな(笑)。



◆参考 村﨑百郎 関連記事
2014年夏特別企画、不思議とんでも旅行記-伊東熱海編-(その1)
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-192.html

2014年夏特別企画、不思議とんでも旅行記-伊東熱海編-(その2)
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-193.html

2014年夏特別企画、不思議とんでも旅行記-伊東熱海編-(その3)
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-194.html



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 兵士Aくんの歌

皆様、こんにちは。

梅雨で毎日ジメジメしとりますが、体調など崩しておりませんか?

健康には十分気をつけて。


さて、先日御成門にある増上寺で夏至のイベントがありまして行ってきました。

でんきを消してスローな夜を。100万人のキャンドルナイト。

candlent-11.gif


夕方から無料のライブがあるというので友人と前の方に陣取り、ステージから右横奥にみえる東京タワーを背景に不思議な雰囲気を感じてきました。
増上寺ってはじめて入ったのですが、徳川のお墓がある場所なんですね。それと小さなお地蔵さんがずらりと並んでいてそばにあった風車が一斉に回り出すとある種異様な怖さがあります。

恐いもんが見たい人は入って右奥へどんぞ(笑)。


さて、まだ明るい午後6時から七尾旅人さんのステージがはじまりました。
キャンドルつけるにゃ明る過ぎ。。などど一人ツッコミを入れながら笑いをとっていました。

七尾さんってサーカスナイトの人だったけ。。

青葉市子さんがカバーしていたのを聴いたときからオリジナルである七尾さんを知るようになり、いい曲をつくる人だなあという認識があったように思います。


今回、七尾さんが最初に歌った「兵士Aくんの歌」がワタスにはとても記憶に残り、かつ社会へのメッセージ性が強いのでこの記事で取り上げますた。
賛否両論があると思いますが、何かを感じてくれたらとワタスは思います。


七尾旅人 / 「兵士Aくんの歌」 『これから出るであろう、戦後1人目の戦死者 ”兵士Aくん”のことを歌う』 2016.6.19 @東京・増上寺
https://youtu.be/_Eo7Gjzuuro



安保関連法が施行された今、これから出るであろう戦後1人目の戦死者 「兵士Aくん」 のことを歌った曲です。

これはこのまま七尾さんの妄想で終わるのか、それとも本当に実現してしまうのか。。

選挙の話は本当はしたくはないんですが、参議院選挙を前にしてワタス達一人一人の選択にその未来はかかっていると思うんです。


兵士Aくんの話をライブ作品にしたのが「兵士A」であり、7月7日にDVD発売されます。

もし興味がありましたらどんぞ。


七尾旅人『兵士A』予告編 / TAVITO NANAO『Soldier A』trailer
https://youtu.be/_24rTC-73XY



(歌詞)

兵士Aくんの歌


1人目の彼はどんな人だろう 1人目の戦死者Aくん
1人目の彼はどんな人だろう 何十年目の戦死者Aくん

彼は僕の友達 あれは僕の弟 彼はわたしの彼 あれはわたしの子

1人目の君はどんな人かな 野球好き? それとも ラジオが好き
1人目の彼はどんな人だろう 1人目の戦死者Aくん

彼は僕の友達 あれは僕の弟 彼はわたしの彼 あれはわたしの子

僕たちは ある朝ニュースで君のことを知る
しばらくのあいだ 君の名前は隠される
最初の数ヶ月 君の名は英雄の呼び名となり
そしてやがて 君の名前は 当たり前のものになる
Aくん Bくん Cくん Dくん

 わたしは失うのか あなたを失うのか
 この国は失うのか ここで失うのか 
 わたしたちは失うのか 誰を失うのか 
 この国は失うのか ここで

1人目の君は何を見るだろう 1人目の戦死者Aくん
1人目の君はどこにいるだろう この国の どこかで まだ 君が生きている


七尾旅人「兵士A」特集ページ
http://www.tavito.net/soldier_a/




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 窮屈な籠 ~事件と歴史と身の回りから学ぶこと~

sakura-2015-1.gif

皆様、こんにちは。
春ですねえ。桜も咲きだしました。
ここ東京では既に満開で、上野公園や浅草では各地からの観光客で溢れておりました。見ごろは今週から来週前半みたいですが、皆様はお花見いかれましたでしょうか。

さて、そんな春めいている気分とは一転、今年になってから国外、国内問わず、暴力事件が続出しております。国外をみればISIL(イスラム国)等の過激組織による日本人殺害事件を筆頭に最近でもチェニジアの博物館襲撃事件が記憶に新しいですが、一方、国内では川崎の中1男子殺害事件が凄惨な事件として大きくメディアで報じられております。その残虐性は、1989年東京足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件を思い出させるような胸糞の悪さです。

暴力が今、ワタス達の身近な出来事になりつつある。
いつ自分と自分の身の回りの人々がそれに巻き込まれるか。。まあそんなことはあまり考えないようにしたいですが。。

今回は、それら暴力事件の元祖とも言うべき事件を取り上げて、人間の異常心理が起こす問題を考えてみようと思います。

今回の記事には一部気分を害する内容があるかもしれませんので、この手の内容が苦手な方は、回避されることをお勧め致します。


読んでもいいと言う方のみハニワくんをクリックしてください。
↓↓↓

続き⇒┌|∵|┘

 オーガニゼーションマン

さくら -SAKURA- [HD]
http://youtu.be/1rAKFLKXvHQ



皆様こんにちは。
今年は二番目に早い桜の開花だそうですが、こないだ夜、目黒川へ花見に行ってきますた。
なんでもドラマ(最高の離婚)の影響で例年以上に人が来ているらしい。。
確かに人すんごく多かったです。が、桜祭りって4月1日~と書いてある。4月1日には葉桜になっちゃうよ(笑)。
提灯の灯りもなくて暗闇でみんな花見をしておりますた。
なんとも変わった花見ですたねえ(笑)。

東京は今が見頃だそうですが、皆さんのお近くの桜はいかがですか? 


さて、本日はワタスの友人の八っつぁん(やっぱり仮称)から聞いたお話をちょびっと書いてみようと思います。今日はまとまりがつかなくなるかもしれませんが、そんときはまあいつもの事だと思っておくんなまし。

八っつぁんは、自営業を営んでいる気骨のあるおやじで、といってもワタスよりも歳が若いので見た目ちょっと渋い青年おやじに見えます(笑)この人、有名公立大学の工学部出身でインテリ街道の最先端を歩いているような方だったのですが、頭が良すぎて世の中のしくみが見え出してしまったところでカミングアウト。丁度、ロバートキヨサキ氏の著書の影響を受けた人達による起業家ブーム真っ只中でワタスと出会いますた。

新しいビジネスや金融トレードなどいろいろと模索を続けた末彼が出した結論は、ロバートキヨサキ氏のようなやり方は結局長続きしない。ビジネスではなく昔からの"商売"のやり方の中にこそ学ぶべきヒントは多い、だが、全面的に昔からの"商売"がいいというわけではない。

客観的に物事を分析する能力は人並み外れており、急所を突く独自の視点はまさにプロの評論家レベルの凄い人なのですた。そんな頭脳明晰な人なのですが、人情に厚く、考えよりも行動を優先することを知っている数少ない人の一人です。

八っつぁんは不思議ものとは対極的な位置にいる人なのですが、彼から学ぶべきものは沢山あってたま~に彼の仕事をちょいと手伝ったりしてます。


最近八っつぁんはそろそろ身を固めべく彼女を口説きまくりその気にさせたまでは良かったのですが、ある日彼女がウツになってしまって足踏みをしているらしいのです。

「それってマリッジブルー?なのですか?」ワタスは聞いてみた。

「いや、それが彼女が勤めている会社に問題があってね。帰りがいつも終電近くなんだ。休みも週1日しかないし。心身ともに疲れきっているんだけど、変な献身意識があって家へ帰っても頭から仕事が離れられないようなんだ。」

彼女が八っつぁんの家へ来ると、おもむろに新聞をずーと読んでいるそうなのですが、八っつぁんが「何か面白い記事あった?」と聞くと、決まって「別に・・・」と素っ気無い返事しか返ってこない。

何かおかしいなと思ってさりげなく様子をみてみると彼女の目が文字を読んでいるような気配すらない。大きな表紙文字しか目がいってなく、意識は別のところにあるような遠くを見ているような感じがしていたそうな。

その話を聞いて昔ワタスが最初の会社を退職した直後がそんな感じだったので、こりは"燃え尽き症候群"かもしれないと思ったのですた。

燃え尽き症候群
一定の生き方や関心に対して献身的に努力した人が期待した報酬が得られなかった結果感じる徒労感または欲求不満。
慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くし、社会的に機能しなくなってしまう症状。一種の心因性(反応性)うつ病とも説明される。極度のストレスがかかる職種や、一定の期間に過度の緊張とストレスの下に置かれた場合に発生する。会社の倒産と残務整理、リストラ、家族の不慮の死と過労などに多いと言われている。-Wikipediaより-


soshiki-1.gif

ワタスは昔、オーガニゼーションマン(組織人間)から燃え尽き症候群になった一人だったのかもしれない。。

会社組織のために個性や個人的目標を押し殺し、その代償として、組織は収入と雇用の安定、そして社会における居場所を提供するようになったというのは1950年代のアメリカから生まれたとフォーチュン誌の編集長だったウィリアム・H・ホワイトが著書「組織のなかの人間」で書いている。

安定した衣食住のある生活、そこそこの年金とまずまずの社会的地位を与えてくれる会社へ入ることを誰もが望み、夢を抱いてそんな会社へ入ってはみたが、いつしか自分のエネルギーを会社組織という吸血鬼が全て奪い取って自分がバーストした。

「自分しかこの仕事はできない。自分がいなくなったら大変なことになる。。」

会社教に身を捧げた人間はたぶんこう言うだろう。

いえいえ。。

酷な事と承知して言いますが、会社組織から見れば、あなたの代わりなんていくらでもいるのですよ。。

。。

。。。

晴天の霹靂。

それも気づきの一つだったと思う。。


会社という場所は、今振り返ってみると何かの気づきを与えてくれた場所であったように思える。
その時々の自分の心の器に相応した出来事や事件が展開されていた。。
自身の学びの階段部屋、それが会社なのだとワタスは思います。

人間がもう一段くらい霊性が高くなり、価値観も大きく変化していくと文明に"会社"という形態は存在しなくなっていくでしょう。会社や団体からお金をもらって生活するというシステムではなく、自治体やコミュニティ村のような単位で皆で生活するようなしくみに変わっている。。そんな感じがするのです。



さて、話を八っつぁんに戻しましょう。
八っつぁんには彼女を仕事から少し離したほうがいいとアドバイスしておきました。どこでもいいから旅行にでも出かけてのんびりさせたらどうと。その後、たぶん二人で旅行へ出かけたのではないかと思っておりますが、彼女のその後の様子はまだわかっていません。

その八っつぁんのところにある日、1通の素っ気無いメールが届きました。
以前八っつぁんは、自身のブログ記事に"電気製品の修理できます"と書いたことがあるのですが、その事を真に受けて"修理お願いします"とだけ書かれてありました。

誰じゃこりゃ?いきなり挨拶も無しに修理お願いしますとは?
礼儀知らずのメールに半分あきれながらそのメールにあった電話番号へ電話してみると声の様子からして20代前半らしい男性が出たのでした。

「会社の液晶パネルを自分が壊してしまったようなのです。今すぐ持っていきますから直してください。」

えっ!えぇぇ!急にそんな事言われても困りますがな。
と最初は断るつもりでいたのですが、そこは八っつぁんの情の深さ。とりあえず見るだけ見ましょうということになり、その男性は八っつぁん宅へやってきた。

その男性をここではA君と言っておきましょう。A君は最近ようやく派遣契約でとある工場の仕事に就いたのですが、自分の担当している機械の液晶パネルが映らなくなってしまったため、これを直さないと自分が首になってしまうと思い込んでいるようなのでした。

どうしようかと思っていたとき、八っつぁんのブログ記事を思い出し、工場に忍び込んで液晶パネル部分を取り出し持ってきたのですた。

八っつぁんは、こんなもの使用していればいつかは故障するだろうし、その部品代や修理代については会社が費用として計上するわけだから君のせいではない。ましてや君が負担する必要などさらさらないと力説した。それでもA君は自分が職を奪われるという恐怖心が一杯で八っつぁんになんとかしてくれと泣きついたのでありました。

う~む、やるか。。

工学部出身の天才バカボン八っつぁんは、ブラックジャックのごとく液晶パネルのオペを開始したのでありました。
30分かかって丁寧に分解して部品のメーカー名と製造番号をメモにとります。
ネットでその会社の電話番号を調べて電話して問合せてみるとまだ部品はあるので交換修理が可能とのこと。費用はこれこれくらいかかりますが、年間保守契約している会社が多いのでもし会社で保守契約しているのであれば、全て契約の範囲内で行ないますので費用はかかりませんと丁寧に教えてくれたそうです。

A君にその旨を話し、年間保守の契約はしていると思うから会社に言って修理をお願いしたほうがいいと言いますた。

分解した液晶パネルを組み立て直しながら、八っつぁんはふつふつと怒りがこみ上げてきたのだそうです。そこまで今の若者は追い詰められているのかと。


「会社組織から見れば、あなたの代わりなんていくらでもいるのですよ。。」

。。

。。。

八っつぁんもまた昔、会社という組織に夢をかけ破れた一人であったのですた。




A君が帰ったその日の夜11時半頃。

ジーンジーン、八っつぁんの携帯がけたたましく鳴った。
彼女かなと思って急いで携帯をとるとなんとあのA君からだった。

「今、工場に入り込んで液晶パネルを戻しました。」静かな声だ。

「・・・・・・・」シーン。あたりが異様に静まり返っている。

「ど、どうしたんですかっ?!」電気がつかないのか?完全に壊れたのか??一瞬悪い予感が脳裏をよぎった。


「そ・れ・が。。」A君は急に声を裏返して。

「直ったんですよっ!!」

んもぉ~こいつ思わせぶりしやがって首絞めたろか。八っつぁんは10年くらい寿命が縮じまったような感じで体の力が全部抜けてしまったそうな。

八っつぁんが分解したことにより電気の流れが元に戻って液晶パネルがつくようになったそうです。
A君は是非とも御礼をさせてくれと言ったのですが、八っつぁんは「礼なんていらねえよっ」と返し、「また困ったことがあったらいつでも相談しにきな。」と落語か時代劇に出てくるようなセリフを残して電話を切りました。





八っつぁんは、オーガニゼーションマンでもフリーエージェントでもないただの個人商店のおやじである。


今、粋なおやじは少なくなったもんだ。



WORLD ORDER "MIND SHIFT"
http://youtu.be/4ua64HbsBUo



ご精読ありがとうございました。
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 "地獄"のしつけはつらいよ

台風のシーズンになりましたね。
先日は皆様大丈夫で御座いましたか?
ワタスの知り合いの家では瓦が飛ばされて大変だったそうです。
今後も十分に気をつけてくださいまし。

さて、本日は最近感じた事からちょいと書いてみたいと思いまつ。

jigoku.gif

生き物の世話をなまけて殺した者は、「なます地獄」で鬼に切り刻まれ、嘘つきは釜ゆでだ~!

ここ最近『地獄』という絵本が大人気となっているそうです。
どんな絵本かと申しますと千葉県にあるお寺が所蔵する地獄極楽絵巻をもとに構成したもので
おどろおどろしい地獄の情景が子供だけでなく大人でも恐ろしさを感じる絵本となっております。
テレビなどで取り上げられてからなお一層人気に火がついてしまったらしい。
これを世の中の大人はこどもにみせて「しつけ」に使っているのだそうな。

「言うことを聞かねえガキは鬼がかさらって食ってしまうぞ!」
こーんなセリフ昔良く聞きましたねえ。
でも、昔の子供は逞しい悪ガキが多かったのでそんなもんへのカッパでした(笑)。

さてこのようなおどろおどろしい地獄の絵は本当に今の子供に見せていいのかどうか。。
YouTubeにある保育園でこの"地獄"の紙芝居を園児に見せている様子がありましたのでちと御覧ください。

子供向け絵本「地獄」がベストセラーに....
http://youtu.be/VkJs3wmqAMg


泣いていた子もいましたねえ。
トラウマになりはしないですかねえ。

ワタスは思うのにこれは最終手段だと思うのです。
悪いことをしたり、ダダをこねて言うことを聞かない子供がいたら最終手段でこの絵本を読み聞かせてあげたらどうでしょう。

以前、シドニーおちんさんのサイトでワタスがおちんさんに質問したことがあるのですが、
ある日ワタスがコンビニで遭遇した出来事のこと。。
そのコンビニで日清ヤキソバUFOを買ってくれと猛烈にダダをこねて床をスリスリしている子供がおりまして、その子のお母さんは、ホトホトその子に手を焼いていたようでした。
思いっきり突っぱねると逆にそれがトラウマになって、将来もれなく日清ヤキソバUFOに異様な執着と粘着を覚えるようになり、UFOに跨って日清へ日清戦争をしかけたりはせんだろうか、はたまたオバQに登場していたラーメン食いの小池さんと二人で毎日日清ヤキソバUFO早食い競争などやらかして鼻からベロ~ンとヤキソバなど垂らしてはいないだろうか?こんな時おちんさんはどうしますか?という質問を致しました。

おちんさんは高笑いをしながら、「ふふっふ、マティックス君、ワタスはねえプロ。子供のことについてはプ~ロ!」と自信満々の回答が。。
おちんさん流しつけの仕方によると
まずダダをこねている子供の目をにっこりと微笑みながらしかし真剣に見つめるのだそうです。
子供は引きつけられてじーとママの目を見つめるそうです。

と、その瞬間!ママは"白目"をむきます。(キャー!)

唖然とする子供。

今までUFOを持っていた手から力が抜けます。
とそのUFOを素早く元の場所に返し、歌を歌いながら「お母様は帰りますよ~。愛燦々と~♪」とコンビニを後にするのでした。
マジですか!こりは(笑)。

で、つまり、ここで何が大事なのかと申しますとトラウマの対象をUFOから白目にしたことなのです。
たぶん汎用的に何度も白目を使っているとすれば、トラウマの対象はいろんなものではなく白目一つに絞れます。
なるべく小さな心に鎖をかけることなく、しかしどうしてもという場合には最小限度にして超強力なものにしてあげる。おちんさんの愛情の深さが滲み出ておりますね。
そのようにして育ったおちんさんの息子さん、今では白目をむくのが日常になっているそうです(笑)。

さて、「地獄」の絵本ですが、日常に読んで聞かせてしまうと恐怖だけを与えてしまってそれが心に鎖をかけることになるのではないでしょうか。悪いことをしたときやダダをこねている時にこそこの本を読んで聞かせる意味があるのではないかと思います。おちんさんの"白目"と同じですね。
むやみやたらは返って逆効果だとワタスは思っています。この本を読む時は子供だけでなく悪い事をした大人も是非読んで欲しいなと思ったりして。。


通常子供に読んであげるのならこちらの方にしたらどうかなあ(笑)。

じごくのラーメンや(苅田 澄子 (著), 西村 繁男 (イラスト) )

jigokuramen.gif

地獄にいる人間に地獄大嫌いと言われ、天国に対して猛烈に対抗意識を持った閻魔大王さまは、自分の好きなラーメンを作ろうと決心したのでした。
その名も「血の池ラーメン」。こりがみるからに辛そうなラーメン。地獄の人間達は、このラーメンを完食したら天国へ行かせることを閻魔様に約束させるのですが。。
さてどうなることやら。。

こりワタスが大好きでとても面白い本です。
是非お勧めします。

とワタスもラーメンが食べたくなったので先日行ってきますた。
地獄ラーメンを食べに。横浜黄金町へ。

tanakaya.gif

「地獄ラーメン 田中屋 (じごくらーめん たなかや)」食べログ
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1401/A140104/14011658/

http://goo.gl/maps/iqNf


大きな地図で見る


スープの辛さは、
1.入門
2.初級
3.中級
4.上級
の4段階あります。
辛さになれている人なら軽く中級は大丈夫でしょう。初心者でも初級は軽いです。
トンコツスープの美味しいラーメンです。

子供へのしつけも地獄ラーメンにしてくれれば嬉しいのになあ(笑)。
(まんじゅうこわいの落語ですかっ)


ご精読ありがとうございました。
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 福の神

皆様、こんにちは。
お正月もあっという間に終わってしまいました。
今年のお正月は皆様どんな正月をお過ごしになりましたか。

ワタスはまいどの食っちゃ寝正月でしたが、それでもちょこっと外に出てみました。
東京の下町をぶらぶら歩いて最後にたどり着いたのが生まれ育った場所。
この辺は昔からの下町でワタスが小さい頃には悪戯ガキんちょどもがそこらじゅうで走り回っているようなとても賑やかな場所だったのですが、今は町そのものがひっそりとしてなんか寂しいところになってしまいました。

いつも人が並んでいたモツ焼き屋さんやお寺の前のもんじゃ屋さん、忍者屋敷に怪しい物売り屋、大人たちは道脇で将棋指し。
昔は面白い街だったのに。。。
毎日がワクワクの連続で街全体が一種怪しい?テーマパークのようなそんなところだったのですが。。。


この町に限らず、今、日本全体が少し元気がなくなっているように思えますが、そんなときはこの人がお役にたてるかもしれません。

sendaisirou-1.gif

ん、誰?!この人?
ワタスも数年前までは知りませんでした。
名前を"仙台四郎"といいます。
仙台では超有名人です。

仙台の従姉の家の玄関に写真が飾ってあったので聞いてみたら、商売繁盛の守り神なのだといわれますた。

この人は江戸から明治にかけて実在した人物だそうで、幼少の頃に川へ転落する事故で1週間程意識不明となり一命はとりとめたものの、それから知能の発達が遅れてしまったそうです。
当時は、「知的障害」という医学的な概念はまだ登場していなかった頃で、周囲から「しろばか」と呼ばれていじめられていたのですが、四郎さんが立ち寄るお店は不思議と商売が繁盛するようになり、いつしか周りから"福の神"ともてはやされるようになります。

仙台では商売繁盛の守り神として写真や置物などが売られています。
そういえば大阪のビリケンさんのような存在なのかもしれませんね。


この仙台四郎の話を聞くとワタスの生まれ育った下町のことを思い出すのです。
ワタスの通っていた中学校は、障害者の子供達のクラス(特殊学級と呼ばれる)があり、通常クラスの子供達と一緒に学校に行くのですが、やはりその中でも差別や偏見は存在しておりました。
が、それは中学生の子供達にとって「障害をもつ人」へどう対処していいのかわからず、また自分の中での心の準備ができていないために起こる矛盾への裏返しが差別的な言動となって表にあらわれてくるのかもしれません。

知的障害者である"コウゾウ"くんという子はかなり図体がでかく、顔かたちは仙台四郎に似ておる子だったのですが、授業中によく校庭や近所の商店街をぶ~らぶ~ら徘徊しては担当の先生や商店街のおじさん達を困らせておった問題児でありました。

通常クラスの悪ガキ達は、そんなコウゾウくんと特殊学級の子達を怒らせてはキャーキャーと逃げ回り格好の標的としていたのですが、それは長くは続かず、先生や父兄達にキツクお灸をすえられることとなります。すると今度はコウゾウくんの徘徊がまたまた始まって先生や商店街のおじさん達を困らせる。

そうやってくるくると堂々巡りを繰り返しながら様々な問題を噴出させていたのですが、結果的にはほとんどが良い方向に向かっていく、その不思議な流れって一体何だったのでしょう。

あれほど問題を起こしていたコウゾウくんや悪ガキどもが、卒業式にはお互いに肩を組んで仲良く卒業していったあの光景に商店街のおじさん達も我が子のように喜んで町全体が活気づいていたのでありますた。

今思えば、町そのものが様々な問題に対して学びの中にあったように思います。
傷つけ傷つきながらもそれもまた生きるエネルギーとなり、
子供も大人もみんなで一緒に学んでいた。。。
それこそが元気の素、活気の素となっていたような感じがします。



今、ひっそりしているその町の商店街には子供の姿はあまり見かけませんでした。

ふと、商店街であの悪ガキ達を追いかけるコウゾウくんの後ろ姿がワタスの記憶に蘇りました。

「コウゾウ!、コウゾウ~!」

「な、なに~い!こら~待て~!」



ご精読ありがとうございます。
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 『日本の思想』から学ぶとんでも社会論

皆様ご機嫌いかがでしょうか。

サッカーワールドカップ南アフリカ大会、昨日は休日ということもあり、大いに盛り上がりましたね。
しかし残念!オランダに負けてしまいました。
う~ん、悔しいっすねえ~。
でも日本は最後まで善戦してましたね。ホントに拍手です。
一人一人が考えて走るサッカーをしてました。
スタイルの違いこそあれ、あの戦い方(ハート)こそオシム前日本監督も目指していたサッカーではなかったでしょうか。
(さぞ日本の敗戦を惜しん(オシム)だことでしょう..な~んつて)
あとは習熟度(時間)の問題だけかもしれません。
残りのデンマーク戦、悔いの残らない戦い方をして欲しいです。(期待してまする)

さて、前回、おちんさんのコメントより「日本人は今後、どんな方向に、日本を運べば救われるのか」マティックスの意見を書いてちょんまげというリクエストがございますた。
あれからいろいろ考えてみまして今回この記事にて意見を述べさせていただくことにいたします。
乱文で読みづらい点、誠に申し訳ありませんが最後までお付き合いくださりませ。

それでは本編のはじまりはじまり~。


ワタスが最も影響された人物の一人として真っ先に上げるのが「丸山眞男」という政治学者です。

maruyama.jpg

丸山眞男(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E7%9C%9E%E7%94%B7

それは、高校の倫理社会の授業での研究発表テーマが「丸山眞男」ということが出発点だったのですが、著書である『日本の思想』の中に書かれてあることは50年近く経った今でも十分通用する考え方ですし、日本の思想学や哲学においてこの人の果たした功績は非常に大きいと思っております。
ただ、今あらためて『日本の思想』を読みますとう~ん、ちょっと違うかも..という箇所も当然チラホラありますが、しかし、この人程日本人の長所と短所を表した人物は今まで(最近においても)いないと思います。

丸山眞男について端的にイメージを表現した文章がAmazonの「日本の思想」カスタマーレビューにありました。
ちと載せてみましょう。

日本の思想 (岩波新書)
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%B8%E5%B1%B1-%E7%9C%9F%E7%94%B7/dp/400412039X

「丸山真男は全然「古くない」、そしてそれは「不幸」なことである。」 2004/9/4
By kurubushi "読書猿" (京都)
--転載はじめ-------------------------------------------------------------------

困ったことに、丸山真男はいま読んでもぜんぜん「古くない」。
これは丸山真男のもちろん「エライ」あるいは「正しい」ところだが、「不幸」あるいは「無益」なところでもある。
 
丸山真男は「日本(の知識)人はバカだ。そのバカのパターンはこれとこれとこれだ」というのを、
実にわかりやすく書いたのだが(もちろん彼はそういうバカはもうやめにしようとして書いたのだ)、
いろんな人が、つまり日本の知識人たちは、「バカとはなんだ、バカとは」と、
この丸山真男をいろいろと批判した。もちろん、「当たってる」ことを「わかりやすく」書いたので、
随分と賛同者やファンやエピゴーネンも現れた。
 

「不幸」あるいは「無益」というのは、丸山真男がそう言ったのはずっと昔のことなのに
(この新書は1961年に出てる。しかも丸山真男が直接扱ってるのは日本の戦前の思想家たちである)、
あいかわらず日本(の知識)人はバカだからである。しかも、その「バカのパターン」は、
あいかわらず丸山真男が『日本の思想』に書いたもので出尽くしてる。
だからこの本は、「日本の思想」と名乗る権利が(今でも)あるのである。
 
丸山真男が書いたのは未だに「当たっている」。
けれど逆に言えばそれは、せっかく(人に恨まれるくらい本当のことを)書いたのに、
何の役にも立たなかったということでもある。
 

丸山真男に向けられたたくさんの反論も、のこらずその「バカのパターン」を繰り返していた。
それどころか、丸山真男に向けられたたくさんの賛同も、のこらずその「バカのパターン」を繰り返していたのである。

--転載おわり ---------------------------------------------------------------------

なかなか辛口の評価、丸山眞男が生きていたらきっと称賛を送っていたと思いまする。

「民主主義というのは、人民が本来制度の自己目的化-物神化-を不断に警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きたものとなり得るのです」
-『日本の思想』「である」ことと「する」ことより抜粋 -


それでは、現代でも通用するという丸山眞男の考え方について簡単に触れてみましょう。
日本における研究の歴史からみますとたとえば日本史というものについてはよく研究され文献も残っておりますが、ことに「日本の思想」史というものについてはほとんど研究されてこなかったと丸山眞男は指摘します。
それは、"日本の思想"自体が他国とは少々異なる性質によるものだからということなのですが、その"日本の思想"の中に、そしてまた"研究されてこなかった事"の中にも日本人が抱えている危険性が存在しているようです。

江戸時代の開国を境に西洋文化とともに外来思想がどっと日本に雪崩れ込んできます。明治維新となり、当然、日本の伝統思想と外から入ってきた外来思想との間に衝突が起こったのかと申しますとなんとこれが起こらず双方が融合してしまいました。
なぜかというとそれまでの日本の伝統思想である"日本神道"の性質としてヤオヨロズの神に代表されるようにいろいろな神様なり思想が存在しているという雑居性とおのおのの存在を認め全てを融合し包み込む抱護性とを兼ね備えていたからです。
これはこれで素晴らしい思想である(丸山眞男は神道があまり好きではないらしいが)とワタスは思うのですが、実はここに一つの落とし穴が生まれます。

それは、いろいろな神様や思想が存在し、外から入ってくる思想とも融合をはかれる素晴らしい考え方ではありますが、それゆえに"軸になるものが存在しない"のです。
共通軸が存在しないため、論議するにも論議にならず、それぞれが個別の範囲を形成し、村的で閉鎖された世界を構築していく..これを丸山眞男は"タコツボ型文化"と言っています。
これに対して共通軸上での議論を展開し、竹のササラのように考え方が枝別れしていく世界を"ササラ型文化"と言います。

タコツボ型文化においては、それぞれの存在は認めながらもタコツボとタコツボとの間には何の共通項目もコミュニケーションもない閉鎖状態なのですが、統制という意味においてはこれほど操作しやすい環境はありません。
ただ一つのイメージなりシンボルを上からそれぞれのタコツボに流すことによって全てのタコツボの統制をとることが可能となります。
なぜなら、タコツボ内においての個人には一つのタコツボとしての主義の下におかれ、そのタコツボを壊すような思想や行動が全くできない状況に追いやられるからです。
そのタコツボの中での個人は無限責任を負わされる・・・これが戦前の日本の体制であったといいます。
このような状況を"国体"というシンボルを利用し、うまく政治に取り込んだのが明治維新以降の改革であり、戦前の日本の軍国主義でありました。

国体
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%BD%93

この日本の軍国主義に見られるように強大な権力を持つ組織においては、それを統制する側は馴れ合い状態の無責任体質が生まれやすく、それは戦後65年経った現在もなお、企業の体質とか政治の問題等のベースを形成していると丸山眞男は言います。
例えば少し前にあった厚生労働省のリゾート施設問題、あれ一体どうなったのでしょうね。結局、二束三文で民間へ引き渡しで終了ですか?
ワタスは、あれを作ろうと決めた当時の政治家、官僚、企業関係者全ての人の財産を没収したいです..な~つて。

丸山眞男の考え方によると日本の国というのは、タコツボ型文化になりやすく、それは統制しやすい状況を作りやすい..。これはある意味、全体主義(ファシズム)を生み出しやすいといえます。
ウンコ星人陣営でも日本人のこの性質はよく把握しておるんでしょうね。
戦前が"国体"というシンボルを利用したのに対し、戦後はマスコミという媒体を使って"一般人"には考えることをさせない意識統制の戦略を打っています。
3S(スクリーン、スポーツ、セックス)と仕事漬けで考える時間を奪い、マスコミを通じて意識を同調させる...。いつしか民主主義ではあるけれど自由のない全体主義が生まれていく..その危険性が存在することを65年も前に丸山眞男は警鐘しています。

では、一体どうすればタコツボ型文化を脱することができるのか。
タコツボ型文化の特徴は、「○○主義である」という「である」という固定的概念の中に意識が埋没してしまうことにあります。
これは例えば会社や業界、派閥、主義主張やレッテルなどにどっぷりと浸かりこみ、その中においては主体的に物事を考え行動することをしなくなります。
知らないうちに、いわゆるロボット化状態が出来上がるのです。
丸山眞男はこのような状態を打破するには「する」という考え方に切り替える必要があると言っています。
である」が受動的であるのに対し、「する」が能動的かつ主体的であります。
○○主義」にいたとしても「○○主義」を分析し批判し、主義を飛び越えて主体的に行動を起こすことができれば、タコツボに穴があいてササラ型となり得るのではないだろうか。ワタスはそう考えています。

と、ここまでが丸山眞男のおおよその考え方です。
その"「する」こと"という主体的な行動をするのにはさらにどうすればいいのかここからはワタスの考え方を少し述べさせていただきます。

する」という主体的な考え方をする人を増やすためには、
まず、現在の教育制度を壊して全く新しいものに変える必要があります。
今の教育では、ただ受動的な「である」タイプのタコツボ型人間が増えて行きます。
それはお金主義や権威主義をベースにした企業や組織への人材供給を目的にしているからです。

もし、そうではなく、最終目的として自分で物事を考え自分で決めていく「する」型自主的自立型人間を増やすにはどうすればいいか。
それには現在の学校教育を一度全く無地の状態に戻し、新しいタイプの教育制度を構築することが必要です。
これは学校教育だけではなく、全ての人の教育。
親、先生、経営者、社員、政治家、爺さん婆さん、父ちゃん母ちゃんなどなど。
今までの学校っていう閉じられたタコツボを全ての人に解放したらどうでしょう。
今までのようにただ学校に行って受動的な授業を受ける必要は全くなく、授業自体も全く新しく自分でカリキュラムを作るような。
そして同じ年代だけのクラスではなく、たとえば小学1年生の授業を爺ちゃんや婆ちゃんと一緒に受けられるような、また自分の得意分野は自分が先生になるようなそんな教育制度をみんなでワイワイ作ったらきっと楽しみながら日本の人材教育ができるのではと思います。
人の教育を学校だけに押し付けるのは限界にきています。人の教育は社会全体で皆が関わるようなそんな制度を作ったら今起こっている様々な歪みや問題も解決に向かうのではなかろうかと考えるのであります。


玉蔵さんの最近の記事でいよいよ資本主義崩壊やら天変地異がやってくると書いており、まあワタスもそれなりに心構えだけはしておるのですが..。
現在の日本や世界の状況を見ると資本主義崩壊やむなしと思ってしまいがちになります。
ここまで行き過ぎた社会は一度崩壊をみて一から作り直したほうがいいのかもと本気で思うことがありました。
いや既にこのブログをお読みになっている皆様の中にもそのような考えの方は沢山いらっしゃると思いますが、来なかったらどうしましょうねえ。
いや、来なければ来ないでいいじゃないかってまあそうなんですが..。

来ても来なくても私達の心構えを作っていく必要があるのではなかろうか。
そんな気持ちもあって今回の記事を書いております。

最近、ある考えというか思いがふと胸に浮かんで来るときがあります。
それは、私達がこの地球に生まれ出るときの目的です。
なぜ輪廻転生があるのか?
愛を知る為、学ぶためと答える方が多いと思います。
それもあると思うのですが、
ワタスは、一人一人が実は星になるであろう魂であり、将来地球のような星になるための修行をしているのかもと思うときがあります。(妄想かもしれませんが..)
地球は様々な生き物を創造し、愛に溢れた生態系を作ります。
我々の魂は人間を経験しながら創造という"遊び"を学んで行きます。
将来、ワタス自身が地球と同じような星となり、様々な命の源となれるように。

それには自分で物事を考え決めていく「する」型の考え方が必要なのではないだろうか。そんなことをふと思ったりしています。
そして日本という国に生まれた意味も出会ってきた考え方も端に偶然ではなく、そこには深い意味があるのであろうと考えております。
全ては自分自身の自立の為に。


サッカー日本代表が4年前と変わったところ、それは一人一人が考えてサッカーをするようになったこと。
日本人は今後、どんな方向に、日本を運べば救われるのか
たぶんその方向に持っていけば日本は新しく変われるのではないだろうかとワタスは考えます。
(自分への批判精神から学ぶことも忘れずに..ね)


ご精読ありがとうございました。
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