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 打ち上げ花火、見守る度量は丸いか?平たいか?

夏だ!暑いっ!
こんな時は冷えたビールをキュキューといきたいですね。


Best Beer Ad Ever - Thirsty For Beer HD
http://youtu.be/MX145Tu4MHY


そこのお父さん!飲みすぎには気をつけよう。
えっ?!オレはまだおっぱい姉ちゃん見てませんからって。そんなんワタスもいっぱい見たいよっ!



さて、夏になるとワタスは必ず観る映画があります。

なに?もうわかったですかぁ?スゴ、勘がいいですね。

waterboys-1.gif

ウォーターボーイズ?

そそそ、セクシーなもっこり具合がたまらんっっ!て何言わせるんですかっ!
でも青春系ってところとプールのシーンがあるので案外近いかもしれません。

uchiagehanabi-1.gif

そりは、1993年製作岩井俊二監督の「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」です。
ええ、20年前の作品ですが、今なお根強いファンが多いです。ワタスもその一人。
ロケ地である千葉県の飯岡町近辺が311の時に津波で被害を受けたため、その復興への願いを込めて2011年8月31日まで無料動画配信されておりました。

この映画はもともとはテレビ用のドラマだったのですが、劇場用作品として再構成され公開されました。
もしも~がしていたならばの世界、つまりストーリーがある時点で分岐しているのです。パラレルワールドAとBの世界があるのですが、映画はBの方を中心にストーリーを展開していきます(でも最後はBというよりCなのかな)。

打ち上げ花火って丸いのか?はたまた平たいのか?

小学校夏休みの登校日に仲間うちではじめた議論がもとでその日花火大会へ行くことになってしまった主人公(山崎裕太)ですが、ひょんなことからクラスメートのなずな(奥菜恵)に告られ、仲間達を裏切って一緒に駆け落ちごっこをすることになるのですが。。仲間達は主人公抜きで飯岡灯台へ向い、打ち上げ花火の真偽を確かめようとしますが。。とまあこんなストーリーです。

nazuna-1.gif

誰もいない学校へ主人公となずなの二人で忍び込み、プールで戯れるシーンは凄く綺麗です。
バックに流れる"Forever Friends"がとても切ない。胸キュンものです。

「今度会えるの2学期だね。楽しみだね。」

この言葉を残して少女は少年の前から去って行きます。
なずなは、両親の離婚をきっかけに母親に引き取られ2学期前に学校を転校することになっていたのです。

少女の姿が次第に消え、見守る少年の肩にピントが合うシーンは粋な演出。観ている観客を少年と同じ初恋の甘酸っぱい気持ちにさせる名シーンです。



さて、この映画を観ながらいつも思うことなのですが。。

この映画は、1993年当時のまだ元気だった頃の日本が背景にあります。
映画に登場する子供達は皆元気でイキイキしているなあと感じます。

それは見守る大人達に心の余裕があるというか大らかさと優しさが根底にあるからだと思うのです。
今、イタズラ好きな子供なんてあまり見かけなくなりました。外で遊んでいないからイタズラや遊びの発想がなかなか生まれてこない。。そうワタスは考えるのですがどうでしょうか。大人が作ったゲームという世界の中でのみ自由ですが。。それが自由といえるのかどうか。

子供の世界は大人の世界の鏡と言いますが、大人の世界が情が少ない度量の狭いものになっているのに比例して子供の世界にもそれが反映されている。大人の度量が年々小さくなっていることにその原因があるとワタスは思っているのです。

たとえば、お父さん。昔の親父像はワガママでどうしようもない親父だけど何かあった時にみせる一本スジの通った振る舞い、そして優しさ。。言葉には表さなくても親父の背中をみて子は育つもんだと昔の人はよく言っておりましたが、歳をとった今だからこそワタスもそう思えてきました。

お父さんを取り巻く環境は年々厳しくなっているし、昔のようにはなれないかもしれません。でも見ていないようで実は大きな愛で包んでくれているその安心感があるのとないのとでは子供に与える影響が大きく違ってくると思います。

大きな懐で見守ってあげられる度量を今の自分ははたして持てているのかどうか。自分を見つめなおす意味でもこの映画はこの時期に一度は必ず観るようにしているのです。



と、話は飛びますが、この映画で思い出すのが昔、ワタスの住んでいた家の向かいに住む源さん(もちろん仮称)という江戸っ子風なおっさんがおりまして、ある年の夏の暑い暑い夜のこと。あまりに暑いので源さんは一人近くの小学校のプールに忍び込みましてスッポンポンになって気持ちよーく泳いでおりますた。

気持ちええ~~、源さんがしばしの涼を楽しんでいると。。

そこへ宿直のおじさんが懐中電灯と警棒片手に見回りに来て、「誰だ!そこにいる奴ぁ!」と叫んで追っかけてきた。

源さんもびっくらこいてスッポンポンのまま大急ぎで走り逃げて、逃げる途中で何か置物らしいものを落として割ってしまったそうなんですが、そんなもんかまわずただひたすら走って逃げ切ったそうです。

翌日、源さんが小学校の前を通ると2、3人の生徒が昨日の後かたずけをしていたそうです。
そこで源さん何食わぬ顔して「どうしたんですか?」と白々しく聞いてみたら、

生徒:「昨日、泥棒が入ったんですよ。」

源さん:「何か盗まれたんですかい?」

生徒:「はい、いや何も取られてはいなかったようですが、校長先生の記念の置物が壊されていてその横に汚いパンツがあったそうです。」

源さん:「・・・・・」

生徒:「変態のしわざだそうです。」

源さん:「へ、変態・・・・」





昔の人はハチャメチャぶりが楽しいですね。

それを受ける社会の器も大きかったのかもしれません。

しかし、お茶目はほどほどに(笑)。


ここでお知らせ。
飯岡海岸では今年も花火大会が開催されます。
打ち上げ花火、丸いか?平たいか?ここで確認してみましょうぞ。


旭市いいおかYOU・遊フェスティバル2013海浜花火大会
http://hanabi.walkerplus.com/detail/ar0312e00249/
開催日時:
2013年7月27日(土)
20:00〜21:00
荒天の場合
荒天時は2013年7/28(日)に延期

開催場所:飯岡海岸


7月27日って? そりは隅田川花火大会だよっ!
ゆったりみたいなら是非飯岡へ


ご精読ありがとうございました。

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 空想遊び - 映画「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」より-

信じられるかい?
たいていの子供と違って私は大人になりたくはなかった。
子供のままで いたかった


ジェシカ・ユー監督作品
ドキュメンタリー映画「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」より

Henry Darger-8




皆様こんにちは。
またまた更新が開いてしまいますた。
え?もう慣れたから言わんでよろしいと?
ハイ!わかりますたぁ。イワンのばかぁ~ですな。あっ、すんません本日も壊れかけのマティックスです。

さて先日、世界の奇書についてあれこれ調べておりましたらヘンリー・ダーガーという人の「非現実の王国で」という書籍に出くわしますた。
ちょっとだけ概要を見ただけなんですが、その内容たるや何故かグイグイとワタスを引き込んでいきまして、この方のドキュメンタリー映画があるというので目を皿のようにして観ますた。


うう。。泣きますたぁ。。


ってこれじゃ"たこぶつ"の巻きと同じでねえかと叱られそうでつが、
じゃっどんこれはなんとも切な過ぎるっ。よし!今回はこれを書くべし。

つうことで(この展開なんだかよくわかりませんが)、本日は、アウトサイダーアーティストの巨匠といわれるヘンリー・ダーガーについて書いてみようと思いまつ。



さて、皆様、ヘンリー・ダーガーってご存知でしょうか?

誰?うちのヘンリー?
そりはおたくの子猫。

ああエゲレスの!、ってそりはあーた英国のプリンス。
んもぅ大人はわかっちゃくれないよぉ~。


非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎
http://youtu.be/y_cIjMLCAuU




ヘンリー・ダーガー(Henry Darger 1892年4月12日-1973年4月13日)
1万5000ページを超えるおそらく世界最長の小説を書き、3メートル以上もある数百枚の絵を描いた孤高のアウトサイダーアーティストと呼ばれておりますが、彼は決して今で言う画家や小説家ではありませんでした。

Henry Darger-1


彼の生涯は不遇な人生でありました。
若い頃に受けた苦難から人間不信に陥り、才能がありながらも外界とは関係を持たないような生活を自身が望んでしまったため、いつも孤独で寂しい暮らしをしておりました。周辺の人からは貧しい老人、浮浪者、ホームレス、ひどい引き込みなどと思われておりました。

しかし、彼のアパートの一室にひとたび入ればそこは彼が統治するの彼の王国。
この狭いアパートの一室の中で無限なる宇宙がドドーンと花開いていたのですた。

こんなこと誰も考えつかない。。


彼は、趣味ではじめた小説とその小説にまつわる絵を17歳の時から書き始め以後60数年間書き続けました。その小説『非現実の王国で』は、テーマがとても奇妙過ぎて一般の人には非常にわかりにくい内容かもしれません。

が、ワタスにとってはこのおじいさんの頭の中はとても興味深い。
いや小さい時にやっていた空想遊びをそのまま現実に表現してしまったのですから凄いを通り越して偉大な人ではないかと思いまつ(やっぱりワタスは基地外なのかぁ(笑))。

映画では、彼の生涯の出来事と並行して『非現実の王国で』の内容がその絵をアニメーション化したものと一緒に語られています。


『非現実の王国で』
ヴィヴィアン・ガールズの物語 第一巻 子供奴隷の反乱によるグランデコ・アンジェリニアン戦争の話
ヴァイオレットと姉妹 ヴィヴィアン・ガールズ 勇気の物語

Henry Darger-6


むかしむかしカルヴェリニアンという国では、子供を親元からさらい、奴隷として強制労働をさせている?! そんなことが平気で43年以上も行なわれておりました。何十万人もの子供奴隷の持ち主は、グランデリニアンという国でありました。

子供らを解放するためキリスト教国のアビアニアは立ち上がりました。
グランデリニアンとの戦争は4年半も続いているのですた。

その時、子供奴隷の中から反乱軍が起こりました。
反乱軍を率いているのは7人の美少女戦士、ヴィヴィアン・ガールズ。

あっ、そこのお父さん、寝ないで寝ないで。
娘さんに教えてやって。
セーラームーンやプリキュアの元祖みたいなもんだからね。

さて、ヴィヴィアン・ガールズは神出鬼没。
敵に囲まれてもさっと消えてしまう。
彼女達の活躍でアビアニアの民も萌え萌えっと活気が出てきたのでありました。

そのアビアニアのジャック・エヴァンス大尉は、
アメリカ合衆国のH・ダーガー大尉(ヘンリー・ダーガー)と
その仲間W・シュローダー氏(ウィリアム・シュローダー)に応援の書簡を送りました。
H・ダーガー大尉は、「ジェミニ隊」という子供保護協会の会長さん。
子供に危害を加える者にとって手ごわい敵の集団なのであります。

「ダーガー大尉、アビアニアに来て子供奴隷を解放してほしい。 ジャック・エヴァンス大尉より」


彼は、自分と生涯の友をその小説の中に堂々と登場させていたのでありました。




ダーガーは、毎日朝7時にミサと聖体拝領に通っていました。
日曜日は朝のほかに午後5時にも

毎週月曜日には
奇跡の聖杯9日間の祈りも行ないました。
ということはほぼ毎日教会に通っていたことになる。

彼はミサを磔刑と同じ犠牲的行為と捉えていたのです。
昔みた漫画から信仰を忘れた時に地獄に落ちると繰り返し言われ抜けきれないその恐怖と今の状況を救って欲しいと願う心の声がミックスして彼を教会へと向わせていたのです。ミサに出て祈りを捧げることと引換えに自分の願いを叶えて欲しい。。彼は毎日のように祈っていたのでありました。

彼の願いとは、
紛失してしまったエルシーという殺された少女の新聞写真が見つかること(エルシーは、小説の中で子供戦士のリーダー アニー・アーロンバーグとなる)、そして子供を養子縁組して育てること。

特に後者は長い間教会に願い出たのですが、月5ドルの犬のエサも買えない彼には人間を育てることなど到底無理とみなされておりました。残念ながら彼には大切な子供を預けるわけにはいかない。。教会はそう判断したのでありました。


自分の願いはまるで叶えられない。。


彼は厳しい現実に対して非現実の中で脅しをかけます。
小説で子供奴隷の虐殺を行ない始めました。

顔を背けたくなるような凄惨な殺戮の光景。

Henry Darger-9


「祭壇は破壊されキリスト教国は報いを受ける。私はキリスト教軍の粉砕をみたいと心底願い、グランデリニアンの勝利に協力したい。不正な裁きの結果だ。神は私にキビしすぎる。これ以上耐えられぬ。」(ダーガー)

自らもキリスト教国を裏切り、敵のグランデリニアンの将軍としてヴィヴィアン・ガールズの前に現れた。
ヴィヴィアン・ガールズの落胆は隠せない。

「彼の噂は聞いているわ。敵のマンレイに仕える将軍よ。 
ヘンリーダーガーはジェミニ隊時代の仲間よ。
元は味方だったのに不実にも裏切ったんだわ。。」(ヴィヴィアン・ガールズ)



空想の世界では自由になる力でも現実には切なる願い1つかなえられない。。


彼は、空想の誰かに書簡を書いています。
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関係各位

名はふせますがある男性が1917年からずっと養子縁組を願い出てきました
司祭様も最も価値ある願いとのこと

では なぜ通らぬのでしょう?

キリスト教軍を負けさすと脅すからですか?
そうですね

長年9日間の祈りもロザリオの祈りも犠牲的行為も行なってきたのに
願いは かなわない

願いがかなった大勢の人々のことを本で読みました
何か理由があるのでしょうか
あるなら何ですか?

もう祈ってもムダかもしれない

神は子供奴隷の祈りなど聞かないと
奴らはいうけど

本当にそうなんだわ。。

         ヘンリー・ダーガー
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彼は表面的には穏やかな人とみなされておりました。
外で怒ったことなどほとんどありませんでした。
怒るでも喜ぶでもなくいつも同じ。。

それは、若い頃に自分の感情を表に出したことで受けた虐待がそうさせてしまったのかもしれません。
何かに歯向かったり、口ごたえをしたり、意見を言おうものなら、容赦ない虐待がてぐすね轢いて待っている。
そんな恐怖を小さいときに孤児院や集団農場で嫌というほど心身に植えつけられてしまった彼は、外では何も表情をださない人を演じていたのでありましょう。
そしてひとたび自分の部屋に入るや否やかんしゃく持ちの激しい気性を表に現していたようでした。

常に彼の心の中では善と悪とが戦っていて、あるときには自分は善側についたり、ある時には悪の味方になったりとその長い長い戦争の根底を作っているようでありました。



1956年旧友のウィリアム・シュローダーが妹とテキサスへ越して行きました。
その後、ウィリアムは亡くなってしまいます。
唯一の友人を失ってしまい、ただ茫然とした日々を過ごします。
それは父親が亡くなった時と同じ光景。
あまりにもショックが大きすぎて涙も出てこない。いや外の世界では感情を殺してしまった彼の内面が思考不能でフリーズする。
茫然とただ茫然とするしかありませんでした。

彼はウィリアムの妹に手紙を書きました。

「私らを苦しめるアダムとイヴが憎い。
彼らの罪こそ苦難の原因なのです。 あなたの友 ヘンリー・ダーガー」


旧友を失ってから彼は、より自分の空想の世界に没入していきました。


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彼女たち(ヴィヴィアン・ガールズ)と出会う前、僕は孤独だった

信じられるか?
たいていの子供と違って私は大人になりたくはなかった。
子供のままで いたかった

なのに私は大人になり
今や老いぼれだ

貧困と病という
試練に苦しみ。。。

             ヘンリー・ダーガー
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若いときからアパートを転々としており、彼が最後に住んでいたアパート。
そのアパートの大家であるラーナー夫妻は、彼の唯一の理解者であったのでした。
いやラーナー夫妻だけでなくそのアパートに住んでいた隣人さん達は年老いた彼に食事を与え、
病院に付き添い入浴を介助したのです。

しかし支援の輪には2~3人しか集まりませんでした。

なぜなら、彼自身支援して欲しいと訴えたわけではなく、
アパートの隣人さんたちが見るに見かねて支援しだしたというのがはじまりだったのでしょう。

外界との関係を拒む頑固なヘンリーが自分から"困ってる"と言い出すのは、
ひどくつらいことであったのです。


Henry Darger-12

1972年の終り頃
ラーナー夫妻の手助けで彼は父親の亡くなった救貧院に入所。
以後彼は急激に衰弱していきます。

その頃、ラーナー夫妻は、一見ゴミ屋敷と化していた彼の部屋を掃除している最中に彼の作品群を発見します。
その構図のスバラシさと色づかい、圧倒的なボリュームに驚嘆するのでした。

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Henry Darger-5


ただもう

驚嘆した

衝撃だったわ

出てきた絵や本の1つ1つがすべて
衝撃だった

すごいショックよ

圧倒されたわ
書き物の分量や絵の大きさ
分量の凄さ

それが第一印象よ
圧巻だった

夫(芸術家ネイサン・ラーナー)は絵を ひと目見て
特別だと感じた

色使いも並外れているし
構成も すばらしい と

でもテーマが奇妙すぎて
理解できなかった。。
            アパート大家 キヨコ・ラーナー(音楽家)
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Henry Darger-15

1973年4月13日 81歳の誕生日の翌日。
彼は息を引き取りました。

彼の死後ラーナー夫妻は作品を公開し部屋を保存することにしました。

以来 作品は世界的に展示と収集がなされ
彼に触発されたアート作品が多数生まれることになります。

2000年 部屋は取り壊されました。


彼の作品中それほどまでに子供に執着し、また現実の世界で切実に養子縁組を訴えていた背景には、彼が幼い時、たった一人の妹が里子に出されてしまったため、それが心に陰を落とすことになってしまったのだろうと思われています。

自分が愛情をかけられる家族をずっと欲しかったのであろうと映画の中でアパートの大家であるキヨコ・ラーナーさんは語っております。


彼にとって自分の人生とはどんな人生であったのでしょうか?
一見すると本当に不幸な一生であったとほとんどの人がそう思うことでしょう。

ですが、それは外から見ただけの彼の姿。彼の内に広がる世界はそれもはねつけるほど大きくそして奇妙な喜びに満ちている。。


キヨコ・ラーナーさんは、最後にこうも言っております。

(彼の)私生活は明らかに寂しく
わびしいものだった。
でも精神的に彼ほど豊かな人生を送った人はいないわ
」と。





ワタスがこのヘンリー・ダーガーに引きつけられた理由は、子供の時に遊んでいた空想遊びと同じ感覚をダーガーは大人になってからも持っていたのだと感じたからでした。

ワタスは小さいときに一人遊びが好きな子供でして、一人で物語を作ったりそれを人形や家にある雑貨物で即興で演じてみせるのが好きな変わった子でした(もちろん今はできませんよ(笑))。

ヘンリー・ダーガーの中にもう一人の子供のワタスがいて日もとっぷりと暮れたのに家に帰るのも忘れて自分の内なる王国で"空想遊び"に夢中になっている。。そんなイメージが彼の絵をみていると何故か自然と浮かんでくるような感じがしました。そうです。彼の絵を見て昔の自分を思い出したのです。

不思議な子。。変な子。。

子供からみたダーガー
変な人にみえた、おかしな人、愉快な人

彼の中に小さい頃のワタスがいますた。
いつも"空想遊び"の中では、何かと戦っていた。。

アイロンが宇宙戦艦、カセットテープが小型戦闘艇??
奇妙キテレツな基地外宇宙ではいつも戦闘が繰り広げられていた。

一体何と戦っていたのでしょう?


ダーガーの小説では、敵のマンレイ将軍を追い詰め投降させて、グランデコ・アンジェリニアン戦争は終結するのですが、しかし次のページでは、もう一つの結末が書かれておりました。

敵のマンレイ将軍が追い詰められるのは、なんと策略でそれによりキリスト教国は大敗し戦争が終結するようになっていたのです。正義が勝っても悪が勝っても戦争は終結するのです。

なぜ長い長い戦争を終結させる気になったのか?
それは戦っていたものの本当の正体を彼は最後に知ったのではないでしょうか。

空想での戦争の終結と共に彼は隣人達と関係ができて、最後にはその部屋を出て行くことになるのですが、善でもなく悪でもない第三の道を彼が選んだのだとワタスは思っています。


さて、
家に帰るのも忘れて"空想遊び"に夢中になっている小さなワタスをこれから迎えに行ってあげようと思います。。


アメージング グレース/歌/英語、日本語字幕
http://youtu.be/GU72aKC62JM



ご精読ありがとうございました。
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 カラス神父の憂鬱

しとしと。。しとしと。。梅雨ですね。
こう雨ばっか降ってたら憂鬱になってしょうがない。
昔の人は梅雨のこの時期でも楽しめるように紫陽花を植えて心を穏やかに保つ工夫をしたのでしょう。

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東京文京区の白山神社で開かれる紫陽花まつり、毎年ワタスは密かに楽しみにしているのです。
色とりどりの紫陽花は、じめっとした梅雨の憂鬱さを味わいのある季節感へと変えてくれます。
自然を身近に使って季節から受けるストレスをうまく調和させていた日本人の知恵って凄いなあと感じます。
あ~なんだか癒されますね。

紫陽花を観た後は。。ここに行くといつも寄るイタリアン。
色とりどりのイタメシにお腹はもっと癒されます。あ~イタリア人でも良かった~かな(笑)。


さて、本日は昔の映画の話をしてみようと思いまつ。
その映画とは「エクソシスト」。

キャー!何考えてんのよ。趣味悪いわねえ。これでも食らえ~。
あ、あのー、タワシ投げないで。ワタシ困る。いやいや、や~め~て~。

ということでタワシが飛んでくるかもしれませんがいってみたいと思います。あっ痛っ!

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映画「エクソシスト」は、1940年代起きた「メリーランド悪魔憑依事件」(※追記資料参考)を参考にウィリアム・ピーター・ブラッティによる同名小説を原作とし、原作者自ら脚本も手がけ、1973年にウィリアム・フリードキン監督によって製作されたオカルト映画の傑作です。

少女に取り憑いた悪魔とキリスト教の神父との壮絶な戦いをリアルに描き、数々のショックシーンが話題を呼び、世界中で大ヒットしました。

まあ、簡単にスト-リーをご紹介致しましょう。

-- 転載開始 -Wikipediaより-----------------------------

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イラクでの遺跡発掘を調査していたメリン神父は、悪霊パズズの像を発見する。
それは、十年前にアフリカで彼と死闘を交えた悪霊であった。メリン神父は「この邪悪な宿敵と再戦する日が近い」と予感する。
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パズズのターゲットは、アメリカ合衆国であった。女優のクリスは、映画撮影のためワシントンに滞在していたが、一人娘であるリーガンの異変に気付く。
その声は邪悪な響きを帯び、形相も怪異なものに豹変、荒々しい言動は日を追って激しくなり、ついには医者からも見放される。
娘が悪霊に取り憑かれたと知ったクリスは、カラス神父に悪魔払いを依頼する。悪魔憑きに否定的なカラス神父であったが、調査を進めていくうちに、リーガン自身からの救済のメッセージを発見する。

カラス神父は悪魔払いの儀式を決意、大司教に許可を依頼する。
主任には、悪魔払いの経験があるメリン神父が選ばれた。そして二人の神父は、少女リーガンから悪霊を追い払う為、壮絶な戦いに挑む。

-- 転載終了 -----------------------------------------

ええ?!、これだけっすかい。ホント簡単ですなあ。

メリン神父がこの悪霊パスズと会するのは実は2回ではありません。
メリン神父が若い頃、このパスズさんと既に戦っているのですた。
その頃のメリンさんは、第二次大戦中ナチスによって受けた心の傷が癒されない状態で、信仰に疑問を持ち、飲んだくれのしょーもない野郎だったのですが、この事件をきっかけに立ち直り、信仰を取り戻すことができたのですた。(エクソシスト ビギニングより)

ということは、パスズさんにしてみれば3度目の正直ってことになります。

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この悪霊パスズさんというのは、実は古代バビロニアに伝わる風と熱風の魔人つまり、ひとつの神様なのだそうです。対キリスト教にしてみれば悪魔となってしまうらしい。よくみると日本の天狗さんに似ていると思ったのですが、どうでしょう。
どちらも風の神様ですから親戚みたいなものなのでしょう。


さて、そのパスズさんと3回目の対戦となるメリン神父ですが、既にお歳を召して体力的に難しい状態にあり一人では困難ということで、今までのリーガン(女の子)の状況をよく知っている若いカラス神父が補佐につき、いよいよ"悪魔祓い"は開始されたのです。

カラス神父は、この時、信仰に疑問を持っていたのですた。
彼は、この悪魔祓いの直前に年老いた母親を亡くしておりました。

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それまで年老いた母親は一人暮らししており、カラス神父は時折母親の家を訪れては食事をしながら様子をみていたのですた。
しかし、ある日叔父さんから母親は脳水腫という病気にかかり、暴れて手がつけられなかったので施設(精神病院)に入れたという連絡が入ります。
急いで施設に行ってみると。。
そこには暴れないようにベッドに括り付けられた母親の姿。

母親はカラス神父に向かってこう話すのです。

デミアン(カラス神父の名前)、どうして私をこんな目に遭わせるの?

観ていて胸が締め付けられる思いがします。もっといい治療を受けるには高額のお金がなければなりません。
しかし、今のカラス神父には到底そんなお金はありません。

さぞ辛かろう。悔しいだろうに。。

カラス神父の苦悩はまだ続きます。
その施設から出した母親が間もなくして家で一人死んでしまいます。

カラス神父は、母親を孤独死に追い込んでしまったは自分のせいとして深い傷を負ってしまいます。
そのような中で"悪魔祓い"をやることになるのですが、その時の彼は、もはや自分も神も信じられるような状態ではなかったのです。最初にパスズと戦ったメリン神父と同じように彼もまた信仰を半分捨てていたのでした。

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そのような状況下で"悪魔祓い"は始まったのです。
壮絶な悪魔祓いの儀式の中、悪魔はついにカラス神父の弱点を突きます。
悪魔と話をしてはいけない。悪魔の話を聞いてはいけない」メリン神父からの忠告を破り、カラス神父は悪魔の声を聞いてしまいます。

それは死んだはずの母親の声。

デミアン(カラス神父の名前)、どうして私をこんな目に遭わせるの?

なんとも巧妙な悪魔の罠にはまり、カラス神父はその場で泣き崩れてしまいます。
普通の精神状態ではなくなったカラス神父をみて、メリン神父は部屋の外で休むように言います。

カラス神父が一度部屋から外に出てしばらくして戻ってみるとメリン神父は床に倒れていました。
カラス神父は急いで心臓マッサージを施しますが、既に事切れていました。

背後でクスクス笑う悪魔に、カラス神父の怒りが地響きを上げながら湧き上がってきました。もう人として許せる限界に来たのでしょう。

「うぉ~」叫び声を上げながら、悪魔の上にまたがり、ボクサー上がりの鉄拳で1回2回3回悪魔の顔をぶん殴ります。
それは、同時に母親を孤独死させた自分への怒り、そしてそれを許した神への怒りでもあったとワタスは思います。

俺に乗り移ってみろっ!」カラス神父は叫びました。

悪魔は怒りのエネルギーが大好きですからすんなりカラス神父の体へ乗り移ります。
その瞬間、カラス神父は目の前で泣き叫んでいるリーガン(女の子)の首を閉めようとする衝動に駆られます。
振り絞って我に返ったカラス神父は、すぐさま窓ガラスに突っ込み、あの有名となる長い長い階段から転げ落ち一命を絶つのです。

彼の友人であるダイアー神父が転げ落ちた彼に駆け寄り血だらけの手を握ります。

ダイアー神父:「告白するか?」

カラス神父:無言で手を握り返す。

ダイアー神父:「汝、神に背きし過去の罪をすべて悔いるか?」

カラス神父:もう一度無言で手を握り返す。

ダイアー神父:「なんじに放免を・・、父と子と聖霊の名において・・・」

涙ながらに懺悔の問いを彼にするのですが握り返すその手は信仰を取り戻した証であり、
ようやく彼は救われたのだとこの悲劇の物語は終わるのですた。

カラス神父が最初になぜ悪魔祓いの相談をリーガンの母親クリスから受けたかというと、信仰を失いかけていたその時に、彼は悪魔の存在を通して神を見出そうとしていたからではなかったでしょうか。
彼は確かに体に入ってきた悪魔を感じそしてそれを退散させる力は、言われているような神ではなく、それは人間の意志の力であり、その中に神がいると最後に感じとったのではないかとワタスは思います。

karasu-1.gif

カラス神父への祈りは梅雨時の紫陽花に託そう。

名作はいつになっても素晴らしい。


ご精読ありがとうございました。
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本日は資料があるんですけど・・
大丈夫な人だけどんぞ
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続き⇒┌|∵|┘

 切ない吸血鬼の話(「ぼくのエリ 200歳の少女」より)

皆様こんにちは。

最近、玉蔵さんは「清々しい感覚のもっとすごい感覚を感じる」とブログで言っております。
しかし、ワタスが感じるのには、切ない感覚のもっとすごい感覚を感じるのですが、う~ん、どうなっているのでしょうか。
何かこうお祭りの後のちょっと寂しい感じみたいな。。。そんな空虚感が漂う今日この頃なのですが、
バカ話だけはいつものように。。。でも切ないかなあ。(笑)

会社同僚のTさんとポールシフトの話をしていたらなぜかゴキブリくんの話になってしまって、
そうしたらTさんがゴキブリホイホイの昔のCM知ってまっか?と聞いてきたので、
知らないと答えるとこれでも見なはれと送ってきた。

こりです。

アース製薬 ごきぶりホイホイ
http://www.youtube.com/watch?v=whZWdt1jt6I


う~切ない。。
(逃がしてあげて?いや逃がせませんよ。)


さて、本日はこないだ見た切ない映画の話をしようと思いまつ。
映画の題名は「ぼくのエリ 200歳の少女」です。

bokunoeri-1.gif

ストーリー(goo映画&公式サイトより)-------------------------------------------
ストックホルム郊外で母親と2人で暮らす12歳の少年オスカー(カーレ・ヘーデブラント)は、
毎日学校で同級生からの苛めに遭っていた。大人たちはその事実に気付かず、助けてくれる友達もない。
いつも隠し持っているナイフで自宅の木を切りつけることで、辛い思いを1人紛らわせていた。

そんなオスカーの前にある日、黒髪の少女が現れる。
いつの間にか雪の積もった中庭のジャングルジムの上に立っていた彼女はオスカーの家の隣に引っ越してきた子だった。

「悪いけど、君の友達にはなれないわ」

「どういう意味?」

「君が友達にになりたそうな顔をしてたから」

息も凍りつくような寒さの中、
薄手のシャツ一枚で現れた少女は、オスカーの寂しい胸の内を見透かしたような言葉を残す。

その頃、町では凄惨な殺人事件が起きていた。何者かが喉を切り裂き、
血を抜き取られて逆さ吊りにされた若者の死体が森で発見されたのだ。

再びオスカーの前に現れる少女。その表情はどことなく悲しげで、鼻を突く異臭を漂わせていた。
エリ(リーナ・レアンデション)と名乗ったその少女は自分の誕生日を知らず、
年齢も“だいたい12歳”とはっきりしない答え。不思議で秘密めいたエリだったが、
オスカーは彼女と接しているうちに、胸の高鳴りを覚えていく。

やがて、2人の間で夜毎、モールス信号による寝室の壁越しの会話をするようになった。
オスカーがいつものように3人組にいじめられ、ムチで顔を傷つけられた日には、
「そいつらにやり返して思い知らせてやるのよ」とエリはオスカーに忠告した。

エリは何もかもが不思議で、秘密だらけの女の子だった。ある深夜には2階にあるオスカーの部屋に窓から入ってきて、
ベッドの中にもぐりこんできた。何も着ていないエリの体は、氷のように冷たかった。

「エリ、ぼくと付き合ってくれる?」

「無理だわ、女の子じゃないもの」

オスカーにはその言葉の意味がわからなかった。朝目覚めるとエリの姿はなく、奇妙な置き書きが残されていた。

『ここを去って生き延びるか。とどまって死を迎えるか。あなたのエリより』。

エリとの出会いを通じて、強くなりたいと願うようになったオスカーは苛めっ子に逆襲、大怪我を負わせる。
興奮したオスカーはそれをエリに伝え、“血の契りを結ぼう”と親指をナイフで切る。床に滴り落ちる真っ赤な血。
それを目にしたエリは、獣のように四つん這いになって床に落ちた血を啜る……。そして部屋を飛び出す。

エリは200年もの間、各地を転々として生き血を啜ってきたヴァンパイアだったのだ。
茫然と立ち尽くすオスカー。

「君はヴァンパイアなの?」
初めてエリの家の玄関をノックしたオスカーは、意を決してそう尋ねた。エリは否定しなかった。

「本当は幾つなの?」

「12歳。もう、ずっと昔から」

正体を知られ、町にいられなくなるエリ。別れの言葉もなく彼女が去ったことで、
オスカーは再び以前のような孤独な日々を送ることになる。このまま町にとどまって死んだような日々を過ごすか、
生きるためにエリを受け入れるのか……。やがて、失意のオスカーを人生最大の危機が襲う……。

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映画『ぼくのエリ 200歳の少女』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=iifcR6wf0Z4



北欧の凍てつくような寒さ、そして静かで美しい情景の中、この物語は展開していきます。
吸血鬼のエリには実は世話をしてくれていた人間のおじさんがいて、エリのために人を殺し、血を採取していたのですが、ヘマをやって捕まってしまいます。捕まる前、面が割れないように彼は顔に塩酸を降りかけ顔をわからないようにしてしまいます。
最後には彼はエリに自分の血を飲ませて病院の窓から下へダイブし命を絶つのです。
エリに対する無償の愛。この物語の裏のテーマでもあります。

オスカーは、僅か12歳の若さでそのおじさんと同じ運命をこの時自分で選択したことになるのかもしれません。
それを象徴するシーンがありました。

bokunoeri-2.gif

エリがオスカーの家を訪ねるとオスカーが扉を開けてやりますが、入れとはいいません。
エリは「入っていいよ」というオスカーの意思を待っていたのです。
オスカーは、壁も何もないから君の自由にしたらどう?と少し意地悪くエリに言います。
するとエリはブルブルと体を震えだし、血を全身から噴出しはじめ、自分を壊そうとするのです。
急いで「入っていいよ」と言いエリを抱きしめるオスカー。

その後、シャワーから戻ってきたエリにオスカーは質問します。



オスカー:「君は何者なの?」

エリ:「オスカーと同じ」

オスカー:「でも僕は人を殺さない」

エリ:「だけど(3人組を)殺したいと思っているでしょ」

   「相手を殺してでも生き残りたい。。」

オスカー:「。。。うん」

エリ:「それが生きるってこと」

エリ:「私を受け入れて。。。」

オスカー:目を閉じる。

エリ:オスカーの頭を抱き「少しでいい。。。私を理解して。。。」

私達人間の生きることの残酷さをある意味暗示しているかのようなセリフです。



エリを受け入れることは、オスカーが選択した意思。
しかし、この選択はあまりに過酷で破滅を伴う選択。
オスカーは死んでいったあのおじさんと同じ未来を選んでしまったことになるのかもしれない。

しかしこれが200歳の吸血鬼エリが企む巧妙な計算であったとしたら、それこそ恐ろしいことになりますが、彼女の言葉「相手を殺してでも生き残りたい。。。それが生きるってこと。」は彼女の生きる本能が言わせた正直な言葉なのでしょう。
ですが、それもまた、オスカーにはよく分っていてそれでもなおエリを愛したいという思いが最後の列車のシーンへと続くことになります。

歳をとらないエリは、そうやって200年という年月を男達に愛されて生きてきたのでしょう。
映画の最初に登場したエリの目は、とても悲しい目をしておりました。
この自分の運命にそしてそれでも生きたいと思う生への願望にとてつもない悲しさを覚えていたのかもしれません。

『ここを去って生き延びるか。とどまって死を迎えるか。あなたのエリより』

このセリフを死んでいったあのおじさんにも以前に言ったのかもしれません。
あのおじさんも昔、エリを生かす選択してしまったのでしょう。


最後のシーン、
列車の中でオスカーと旅行バックに入ったエリのモールス信号のやり取りがハッピイエンドのようでしかし二人の未来を思うと悲劇を思わせるラストにとても切なく胸が痛くなりました。(>_<)


切ないのはこの映画を観たから?。。。いや、もうすぐ春だから。。。


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 「ピーターと狼」

皆様、こんにちは。
玉蔵さんのブログではHAARPで結構騒ぎになっておるようですね。
他の皆さんも現代社会のいろんな問題について熱く語っておられますよね。

そんなときなのに..。そんなときなのに..。

こんなのんきな話題載せてもいいのかなあ..。
しばかれちゃうかなあ..。
(むかしむかし、おじいさんは山にしばかれにおばあさんは川にしばかれに..ってしばかれるか~)

そう「ピーターと狼」だなんて..。

だってこの話大好きなんだもん!
(子供かっ!と突っ込まれそうです..)

ということで本日は、この話を書きたいと思います。

ピーターと狼」とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%A8%E7%8B%BC

この曲を人形アニメーション化した短編映画があります。
製作は、BREAKTHRU FILMS(ここの短編映画はクオリティが高いですね)

BREAKTHRU FILMS
http://www.breakthrufilms.co.uk/suzie_templeton.htm

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「PETER & THE WOLF」
2006年/英・ポーランド/29分15秒
監督 スージー・テンプルトン Suzie Templeton
台詞なし/字幕なし
人形アニメーション

アヌシー国際アニメーションフェスティバルで短編部門グランプリ&観客賞受賞
Rose d'Or Light Entertainment Festival2007 Golden Rose受賞
BAFTAアワード2007短編アニメーション部門・2008年米国アカデミー賞短編アニメーション部門ノミネート

この短編映画大好きなんです。

この映画のピーター、なんか目つきが暗くて物語の最初はおどおどしててダメ人間なんです。
家の外へ出ればハンター達にイジメられ、家に帰っても規則に縛られて自由がありません。
それはこの社会に対して息が詰まっている現代人を象徴しているかのようです。

ピーターの家には裏山からくる獣を防ぐための高い高い塀があります。
おじいさんからは決してその塀から外に出ないようにきつく言われているのでした。
塀の穴から見る裏山の世界は本当に自由で素敵な世界が広がっていました。
ピーターは戒律を破り、親友のアヒルと羽をケガした小鳥と一緒に塀から外へ出てしまいます。
外に出た瞬間、うわっ!自由だっ!って感じがとてもいいです。
彼らは外に出た自由を思う存分楽しみます。

が、しかし、おじいさんが現れ見つかってしまいます。
おじいさんは、ピーターを塀の中に連れて行ってしまいました。
うなだれるピーター。
アヒルと小鳥、そして猫はそのままそこに残されます。
その時です、向こうから鋭い目つきの狼がそろりそろりとやってくるではありませんか...
(続きは観終った後で)

peter-2.gif

「PETER & THE WOLF」
Peter and the Wolf "Serguei Prokofiev" (1/4)
http://www.youtube.com/watch?v=od03kxDBnq4&feature=related

Peter and the Wolf "Serguei Prokofiev" (2/4)
http://www.youtube.com/watch?v=czk_WDdhwGc&feature=related

Peter and the Wolf "Serguei Prokofiev" (3/4)
http://www.youtube.com/watch?v=Lf-Cwru_N64&feature=related

Peter and the Wolf "Serguei Prokofiev" (4/4)
http://www.youtube.com/watch?v=VWzu0pIy388&feature=related


いかがでしたか?
狼が現れた時、ピーターの恐怖に満ちた顔つき。
なんともいえません。
自由には必ず恐怖が潜んでいる。そんな暗示を与えているのでしょうか。
そして狼はピーターの親友であるアヒルをピーターの目の前でいっきに丸呑みにしてしまいます。

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目玉を丸くして驚いたピーターの顔。
アヒルは、ピーター自身の"甘え"の象徴でもあります。
その甘え(アヒル)を恐怖(狼)が襲います。
ピーターはこのときリアルな現実に目が覚めたのではないでしょうか。
そして、恐怖(狼)に逃げることなく、それと対峙する(退治する)ことを決心するのです。

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死闘の末、ピーターは狼を捕まえることに成功します。
そしてピーターとおじいさんは捕まえた狼を処分するために町にやってきます。

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おじいさんが狼を買い取ってくれる人を探して交渉を進めている間、
ピーターは得意そうに子供達に檻に入った狼を覗かせますが、その時にある選択に迫られます。
それは、サーカス団や肉屋のおやじのように自分達の欲の為に自由を奪う者になるか、それとも
狼(恐怖)も自分の一部であるとして自由を解放するものになるか。
ピーターはその時、狼の中に自分自身をみたのです。

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嫌いなハンターが狼を銃で突っついている光景をみて自分を汚されたくないと思ったことでしょう。
ハンターに網を投げつけ仕返しをして、そのまま檻を開けてやり、狼を外に出し逃がしてやります。
狼は月夜に紛れてどこかに行ってしまいました。

ピーターは自由を解放する者になったのです。
その自信に満ち溢れた顔つきは明らかに冒頭の顔ではありません。

恐怖に逃げることなく、それと対峙し克服して自由な新しい時代を築く。
その鍵を握っているのはほかでもない自分自身であること。
この物語は教えてくれていると思います。

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 アンネリーゼ・ミシェル事件(エミリー・ローズ)

皆様、こんにちは。

先日、「ザ・ベストハウス123」というテレビ番組を観ていたら、
映画「エミリー・ローズ」の元となった実在の事件を取り上げておりました。
とても衝撃的でしたのでこれはブログに書かねばと思いまして、
今回はこの事件について考察してみたいと思います。
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■アンネリーゼ・ミシェル事件とは?

さて、この事件を少々ご説明致しますと、
1976年旧西ドイツのクリンゲンベルクで
当時23歳の女性であるアンネリーゼ・ミシェル
精神と身体にとても大きな異常を訴えます。
医師に相談するのですが、あまり決定的な治療法がなく、
徐々にその異常な言動や行動がエスカレートしていきます。

敬虔なカトリックの家に生まれた彼女はごくごく普通の明るい女性でした。
しかし結核を患い、病院で療養生活を送ります。
結核は治療の末回復するのですが、大学復学試験が終わった頃より、
異常が極端に表れるようになりました。

彼女の両親は、病状を見かねて教会に何度も助けを求めますが、
教会はその腰を上げようとはしません。
そうこうするうちに異常な行動は酷くなり、
普段とはあきらかに別の声で「悪魔」や「地獄の業火を煮えたぎらせる」などと
口走り、何度も自分を床に投げつけるような自傷行為を行ったり、
クモやハエなどを食べたりとそれはまあ異常な行動を日常的に繰り返すようになります。

ついに教会は、その重い腰を上げ、悪魔憑きかどうかの調査を始めます。
調査の結果、悪魔憑きの証拠をつかみ、本格的な悪魔祓いの儀式の許可を出します。
彼女に取り憑いている悪魔に名前を名乗らせると全部で6体もの悪魔がとり憑いていることがわかりました。
ユダ、カイン、イスカリテオ、ネロ、ヒトラー、ルシファーという名前を名乗ったそうです。

悪魔祓いの日々は週1~2回の割合で続くのですが、その間、彼女の彼氏は彼女を旅行に連れ出します。
そして、その旅行先の公園で彼女の前に聖母マリアが登場するのです。
もちろん彼氏には聖母は見えませんでした。
聖母マリアはこう言いました。
おびただしい数の霊魂が地獄に落ちていることが私の心の大きな悲しみです。
司祭達のため、若者達のため、そしてあなた方の国のために犠牲を捧げることが必要です。
あなたはこれら多くの人達のために自ら進んで犠牲を捧げたいと思いますか?
」と。
そしてこうも言いました。
これらの霊魂達(悪魔達)のために犠牲を捧げたいと思いますか?さもなくばこれらは永遠に地獄に落とされるでしょう
聖母が現れた直後、歩くのも困難だった自分の身体が全く自由になり、聖母の奇跡を体験したのでした。

さて、聖母からの回答期限を3日後といわれ、
3日間彼女は悩み続けますが、最後には悪魔の犠牲になることを選びます。
悪魔祓いの儀式はその間も進み、
ついに神父達は1975年12月31日に彼女の身体から悪魔を離なすことに成功します。
1体づつ悪魔に聖書の一節を唱えさせると彼女の身体から離れて行きます。
しかし、最後のルシファーが離れて喜びの賛美歌を歌っている時に
神父達はそれが終わりではないことを感じます。悪魔達はまだ傍にいたのです。
俺達は去りたくても許されていない..彼らはそう話したと言います。

彼女は徐々に衰弱の様相を呈し、1976年7月1日この世を去りました。
彼女の死後、両親と神父二人は、保護責任者遺棄致死事件として
検察から訴えられることになります。あまりに奇怪な事件のため、
その立証に時間がかかり、法廷での大きな論争に発展します。
そしてついに執行猶予付きの有罪が確定することになるのですが、
検察、被告ともに上告はしないでこの事件は幕を閉じるのです。

■この事件の考察について

私、マティックスの見解を申し上げますと、
これは明らかに聖母マリア奴らとグルです。
彼女の罪の意識の隙間に入り込む巧妙な手口。
そもそも聖母マリアがなぜ犠牲を求める必要があるのでしょうか。
犠牲を求めなくても救い出してあげるのが天上の人々の使命ってもんでしょう。
(なにかファティマの聖母と同じ匂いがぷんぷんするのですが..)
悪は常に犠牲を求めます。
犠牲と引換えに何かをするというのは奴らの常套手段です。

彼女は明らかに悪魔の罠にはまってしまいました。
イエス・キリストの物語を信じている人達は、
自己犠牲にこそ最も尊い霊格が与えられる」と思っております。
その思想と「自らが決定したことは誰も変えられない」という
これは普遍法則をうまく利用した悪魔側の作戦勝ちでしょう。

もし彼女が自分の外の世界に惑わされることなく、カトリックの教えも糞食らえで、
自分の真の心のみを信じる人であったならば、
たぶん、偽りの聖母の言葉を信じなかったと思います。(その前にそんな人は聖母は見えないと思いますが..)
それでもし聖母に呪い殺されても天上の世界に行くことでしょう。
しかし、悪魔の罠にはまって死んだ彼女はどうなったでしょうか。
悪魔側の世界に引きづられてしまうことになりはしませんでしたでしょうか。

彼女が犠牲になっても多くの霊魂は地獄という世界に落ちていることでしょう。
それはその人自身が決定した問題だからです。
犠牲によって地獄がなくなることはありません。
その人達の想念・信念が作った世界ですから犠牲とは関係ないのです。

犠牲を口にする者こそ悪魔の化身です。
そうです。この聖母は実はリリスなのかもしれません..。


Youtubeにこの事件のドキュメンタリーがありましたので載せておきます。

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム(1-6)
http://www.youtube.com/watch?v=-oW-IhoxzyQ&feature=PlayList&p=8173ECE015661B82&index=0&playnext=1

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム 1/6
http://www.youtube.com/watch?v=-oW-IhoxzyQ

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム 2/6
http://www.youtube.com/watch?v=lK0cQewxlZ4

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム 3/6
http://www.youtube.com/watch?v=Yr1_lrXeEus

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム 4/6
http://www.youtube.com/watch?v=jT5zO_BIqUY

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム 5/6
http://www.youtube.com/watch?v=bE492V6vZSM

アンネリーゼ・ミシェルのエクソシズム 6/6
http://www.youtube.com/watch?v=RuhOIFFriP8


今回の記事と比較対照記事
カラス神父の憂鬱
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-81.html#more

■おまけ
P.S
しかし、漫画のエミリー面白すぎですね。(^^)
emily-2

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 THE 4TH KIND フォース・カインド

先週、「THE 4TH KIND フォース・カインド」という映画を観て来ました。
この映画は、2000年米国アラスカ州ノームで起こった原因不明事件の究明に迫る実録スリラー
です。実際の録画映像と再現映像を平行に用い、そこに映し出された衝撃的な現象に観客は
皆、ショック状態となります。

THE 4TH KIND フォース・カインド
http://wwws.warnerbros.co.jp/the4thkind/
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id334666/
フォースカインド1

とても衝撃的な映像に思わず息を呑みました。
怖くて眠れないと悩んでいた男に催眠術をかけ、
深い催眠状態になったその時、
記憶が無くなっていた午前3時33分に起こった現象が始まりました。
恐怖のバイブレーション、大きな悲鳴とともに身体が宙に浮かんだのです。
そしていわゆる私達が冗談で使うあの宇宙人の声と良く似た声で何かを叫びます。
後でこの言葉は古代メソポタミア語であることがわかります。

観ておりまして、ふと、これっていわゆる悪魔憑き現象と大変良く似ているなあと思いました。
悪魔憑きといえば、映画「エクソシスト」を思い出します。
あの映画の中に出てきた悪魔パスズというのは古代バビロニアの悪魔ですから、
全く同じ時代のものなのでしょう。
悪魔=悪い宇宙人と考えてもいいのかもしれません。

そういえば、昨日読んでいた本で偶然にもこの件とシンクロしている文章を見つけました。
彼らはあまりにも知りすぎた―UFOをめぐる宇宙的沈黙の系譜」の著者、浜田政彦氏の最近の著書
宇宙人最後の真実 人類を操る異次元の暗黒宇宙人 (5次元文庫)」の「はじめに」の中で大変興味
深いことを述べております。

--転載はじめ---
 実際、UFO現象に伴って発生する騒霊現象(ポルターガイスト)や目撃者の前に突然現れる
正体不明の「黒服の男たち」の行動は、古代からその存在が知られている、「悪魔憑き」現象や、
人間に偽装して活動する「悪魔」たちの行動と全く同じなのである。

「UFOをかじるのは、黒魔術をかじるのと同じように危険だといえる。(UFO)現象は神経症
の人、だまされやすい人、未成年者を食い物にする。偏執狂的精神分裂(パラノイヤ)、悪魔つき、
さらには自殺さえ・・・・・・・することがある(J・キール『UFO超地球人説』巻正平訳 早川書房)」

--転載おわり----「宇宙人最後の真実 人類を操る異次元の暗黒宇宙人 (5次元文庫)」浜田政彦著より

話をTHE 4TH KINDに戻しましょう。
主人公、心理学者のタイラー博士の実物映像を見て観客はどのように感じたでしょうか。
私にはとても気味の悪いおばさんにしか見えませんでした。
あの映像を録画していた時を境に彼女はそれまでの彼女ではなくなってしまったように感じます。
子供を宇宙人に連れ去られてしまった悲しみ、そして未知の暗黒的な存在に対しての恐怖、憎しみが
彼女をあのような姿に変えてしまったのではないでしょうか。J・キールと浜田氏の説と同じです。
とても救いようがない結末に悲しい気持ちになりました。
救われるべきはタイラー博士自身であったと思います。

この手の話題に興味がある方であればドキュメントとしてお勧め致します。


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