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 ハゲおやじさんから学ぶこと

皆様こんにちは。
立春も過ぎて日々寒暖の先には春が待っている。。そんなことを考えながら早く暖かくならんかなと思っている今日この頃です。

さて本日は、ちょいと最近感じたことを書いてみようと思います。



ワタスの家の近所にはへんてこりんな自転車屋さんがあります。

年老いたおっちゃん一人でやっていていつも忙しそうに働いているのですが、その仕事ぶりを観ているとあまりに効率が悪く、きっと誰もが、えっ?なんでこんなことやってんの?何か意味があるん?と突っ込みを入れたくなるようなそんな働きぶりなのです。

店のまわりには野ざらしの中古自転車がびっしり並んでおりまして、おっちゃんその中古自転車の整理をしょっちゅうやっている。
野ざらしの中古自転車が店の周りにどうして並んでいるのか謎、仕事の大半をその並べ替えに費やしているのも謎です。

朝9時くらいから夜は11時近くまで一人で黙々と自転車整理をしている。

で、もちろん普通の自転車の組み立てやパンク修理などもやっているのですが、そんなのは日中の数時間でやり終えあとは黙々と自転車整理をしているのです。

自転車の整理に何の意味があるのか。。

なんだろうこの不器用な感覚。でもこの感覚なんか懐かしい匂いがする。。



そのおっちゃんをみていると、幼少期に住んでいた下町にいたあるおじさんのことを思い出しました。

ワタスが小さい頃住んでいた家から歩いて5分ぐらいのところにいつも通っていた銭湯があったのですが、その銭湯の前にツルツルリンの坊主頭おじさんがやっている玩具&家庭用雑貨のお店がありました。古いおんぼろなお店で正面と左側面口は一日中開いている。午前10時くらいから午後7時くらいまで店主のおじさんは忙しそうに働いていました。

そのおじさんは、とても優しいおじさんでご近所皆に慕われており、子供たちからは"ハゲおやじ"というニックネームがつけられておりました。

そのハゲおやじさんがやっている玩具&雑貨屋さんは、なんとあのドンキーも真っ青な迷宮じかけなお店であったのですた。どこに何があるのかまったくわからない。薄暗い店内は狭いもぐら穴のようになっていて所狭しと雑貨が並んでおり、でも規則性はないのでお客さんはその迷宮をぐるぐる探すことになる。

子供たちはお目当てのプラモデルをさがすのですが、そのプラモデルも積みあがっていてどこにあるのかわからない。しかし宝さがしゲームをやっているように楽しそうに迷宮をあちこち探しまくっているのですた。

結局わからないからハゲおやじさんに聞くや否やどこからともなくひっぱりだしてくる、摩訶不思議なおじさんであったのですた。


商品を雑多に置いてあるのは不器用と思われるかもしれないけれど、ハゲおやじさんの心のマップにはちゃんとどこに何があるのか記録されている。つまりここのお店は、お客さんがお店へ入って商品を探すのではなく、欲しい商品をおじさんに言って出してもらうお店なのである。

だからお客さんが探しやすいように商品の陳列などしていない、これはハゲおやじさんが探しやすいため用の配置なのだ。

たぶん今の人からみれば、商売やってんでしょ?これじゃダメでしょ、とダメ出しを連発し、禿おやじさんのような人は不器用すぎると切り捨てられるかもしれないけど、昔は不器用な人が沢山いた。


思えば、ワタスの父親もあのハゲおやじさんと同じで不器用な生き方をしてきた人だったし、住んでいた隣の大家のじいさんも立派な人だったけど女性関係についてはだらしない不器用な人だった。向かいの源さんだって酒についてはだらしのないおっさんだったし、よく家に来るおっさんやおばちゃんたちはどの人も皆不器用な人達ばかりだった。


そういうワタスだってとても不器用な人間ですし。。

人間って誰もが不器用な面と器用な面を持っているワケで不器用な面があってもそれはそれで懐深く包み込んであげてやればいいわけです。


で、何が言いたいのかというと、今の時代、不器用さは攻撃の対象となりとても生きにくい時代になってしまったなあと思うんです。

それだけこの国が余裕のない社会になってしまったんだなあと。

たぶん、外国から訪れる人達なら感じることがあるかもしれない。


どうでもいいような大した問題でもないことをさも大げさに取り上げるようなことが日常茶飯事で起こっているこの国を眺めていると、意味のないものや価値のないものに無理やり意味や価値をつけようとしているのと同じようにみえてくる。

でもワタスの言っている意味のないものというのは決して無意味ということではない、また価値のないものというのは無価値ということではない。ただ在るものということである。

だから自転車屋のおじさんが朝から晩まで自転車の整理をしていることだってそれはそれでただ在ることであり、それに意味を問うてもそれはナンセンスなのだ。

仕事のしかたが不器用にみえるかもしれないが、実は不器用でも器用でもない。

おじさんの仕事の世界においては必要なことでありそれはただ在ることなのである。


不器用なおじさんや意味不明なおじさんがあふれていた時代は結構面白かったし、器の大きな暖かい社会はとても心地よかったと回顧するのだが、そういう人達の存在を認めてあげれなくなった世の中へ向かいつつあることにとても憂いを覚える。


「最近みんなブレーキの遊びがなくなってしまった車に乗っているようだ」痛切にそう思うのはワタスが歳をとったからだろうか。。



テニスコーツ tenniscoats|光輪 korin
https://youtu.be/v1eDH-pu7Jw



P.S
ハゲおやじさんは、こんなお店で一財産築くくらい稼いだそうです。
で、ご隠居したとたんに突然お亡くなりになりますた。
不器用なのか器用なのか。。そんなものを吹き飛ばす生き方。
このおじさんから学ぶことは沢山あります。



本日もご精読ありがとうございますた。

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