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 星まつり、星あそび

皆様、こんにちは。
サッカーワールドカップが昨日から南アフリカで開催されましたね。
いや~サッカー好きな私としてはとてもうれしい週間になりそうでっす。
「サッカーの祭り」を素直に楽しみた~い!


さて、本日は、"お祭り"ということや"遊ぶ"ということについてちょこっと書いてみたいと思います。

本日は、バックミュージックを用意致しました。是非聞きながら読んでくださいまし。
モーツァルト/きらきら星変奏曲/演奏:泉 ゆりの
http://www.youtube.com/watch?v=VI8tkZSgaAE&feature=related



東京では江戸3大祭りが終わっていよいよ来週から梅雨に入りそうですが、
梅雨の合間の良く晴れた日があれば、夏の星空をのんびり眺めるのもなかなかいいもんではありませんか。
夏は空からやってきますよ。

ndsk.gif

♪あれが デネブ アルタイル ベガ
君は指差す夏の大三角~

夏の大三角は、ベガ、アルタイル、デネブをつないだ三角形をいいます。七夕の織姫がベガ、彦星がアルタイル。天の川を挟んでお互いの姿を見つめ合う様に輝いております。
夏至(今年は6/21(月))頃から見えてくるようです。
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こと座の1等星ベガは、中国・日本の七夕伝説では織姫星(織女星)として知られている。
織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘であった。夏彦星(彦星、牽牛星)は、わし座のアルタイルである。
夏彦もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めた。めでたく夫婦となったが夫婦生活が楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。
このため天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ天帝は会うことをゆるし、
天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができた。
しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができない。
星の逢引であることから、七夕には星あい(星合い、星合)という別名がある。また、この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれる。
催涙雨は織姫と夏彦が流す涙といわれている

---「七夕」Wikipediaより-------------------------------------------

今年は逢えるんでしょうかねえ、それとも催涙雨か。な~んてことを考えながら星空を見上げてみます。

七夕』の起源は、お盆に中国から伝来した女性が針仕事の上達を願う乞巧奠(きっこうでん/きこうでん)や
佛教の盂蘭盆会(お盆)などが習合したものと考えられているとWikipediaさんは申しておりますが、
そもそも"日本のお盆"って日本古来の豊作を祖霊に祈る""なのだそうです。
そこに仏教やら儒教の思想が交じり合って入って現在のようなお盆の形になったそうな。

そういえば、3月叔母の葬儀で東北に行った時、お寺に鳥居があったのを思い出しました。
地方に行くと神仏一体なのだなあと思ったのでした。

この"お盆"というのは、菩提寺へのお墓参りというのが一般的ですが、
先祖の霊を家にお迎えして感謝し、家内の安全や仕事の成功、豊作や豊漁を祈願する行事となっております。

ちなみに地方へ行くと家総出の一大行事です。
お盆の前日には向かえ火を焚き、先祖の霊をお招きします。
家の中に祭壇を組み立てそこに畑で取れた作物や野に咲いている花々と一緒に
ナスやキュウリに割り箸を差し込んだ簡単な人形を作り飾ります。
これは、「精霊馬」(しょうりょううま)といって
お盆の期間中、先祖の霊がこれに乗ってあの世とこの世を行き来するのに使うのだそうです。
また、これに供物をのせてあの世へ持ち帰ってもらうとの願いも込められているようです。
お盆の期間に親族一同が集まり顔を合わせて馳走を食べながら語り合う。それを先祖の霊が暖かく見守る。
そんな素朴で美しい習慣が今、過疎化が進んで徐々に失われつつあるようです。
子供の頃に田舎に遊びに行って当たり前のようにあった習慣がなくなっていく...。
なんかとても残念でなんとかできないものかといつも思うのですが..。

"日本のお盆"が日本古来の豊作を祖霊に祈る""であったことは上記に記しましたが、
なぜ""なのと思うかもしれません。
そもそも""というのは、日本では八百万(ヤオヨロズ)の神々をお迎えして神様と一緒になって"遊ぶ"ということなのです。

「遊ぶ日本 神あそぶゆえ人あそぶ」高橋睦郎著より『神楽歌』抜粋
--------転載はじめ---------------------------------

本(もと)

木綿(ゆふ)作る 科の原に や
朝尋(あさたづ)ね 朝尋ね
朝尋ね や


末(すゑ)

朝尋ね 汝(まし)も神ぞ や
遊べ遊べ 遊べ遊べ
遊べ遊べ


本(もと)

朝尋ね 君も神ぞ


末(すゑ)

汝(まし)も神ぞ


本(もと)

君も神ぞ


末(すゑ)

汝(まし)も神ぞ


本(もと)

君も神ぞ や
遊べ遊べ 遊べ遊べ
遊べ遊べ


末(すゑ)

遊べ遊べ 汝(まし)も神ぞ
遊べ遊べ 遊べ遊べ
遊べ遊べ
-------- 転載おわり --------------------------------

神様をお招きして自らも神様(神様を演じる)となって一緒に"遊ぶ"。
祝詞あり、宴あり、踊りありと盛り沢山です。(うわ~楽しそうでっす(^_^)/)


「遊ぶ日本 神あそぶゆえ人あそぶ」高橋睦郎著より転載
-------- 転載はじめ---------------------------------

遊ぶ神神は維新のつい手前までは曲りなりにも生きていた。
すくなくとも形の上では、神神は遊び、人びとは神神を演じ、神神に倣うことで神神に近づこうとした。
祭りごとも、政りごとも、戦いも、駆引きも、恋も、色事も、商いも、賭けごとも、習いごとも、慰みごとも、
旅も、放浪も、学問も、詩歌文芸も神神に近づくための遊びだった。遊びこそは維新が壊すまでのこの国を動かした力だった、といってもいいのではないか。
-------- 転載おわり --------------------------------

まあ維新の頃からの話を持ち出されると私が生まれた頃には遥か昔に無くなっていることになってしまうのですが、それでも今現在よりはだいぶ神様に近かったような気もしていますよ。

人々の心は段々と神様から遠くなってしまったような、でも知識とか技術は神様に近くなっているようなそんな感じが今の状況なのでしょうか。

数ケ月前に玉蔵さんもブログの中でこんなことを語っていたことがあります。

玉蔵ブログ 2010年3月2日付記事「仕事=遊び」より転載
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-date-20100302.html
-------- 転載はじめ---------------------------------

ワタスはいつも不思議に思うことがあります。
いつも苦しんでいる人がいる一方で元気ハツラツ。
いつも楽しいことをやって生きている人もいる。

同じ人の一生なのに何でこうも違いが出るのだろう。
この違いはなんだろうということです。

いつも、何をやってもうまくいかない、いつも苦労する。
がんばって仕事をして働きづくめなのに、暮らしも一向に良くならないそういう人もいます。もう一方で、好きなことを楽しんでやっているだけなのに何故だか食って行ける。
何故だか収入も十分にある。そういう人もいます。

ワタスは最近思うのですがそういう現象も結局のところ自分で引き寄せているのではないかと思うのですた。
いつも頑張っている。たしかに頑張っているには違いないのですが、いつも眉間にしわを寄せて何か頑張っていることを体中で表現している人がいます。必死さをいつもふりまいているというか。引き寄せの法則でいうなら、そういう人は結局のところそういうのが好きだからそうしているのだと言う風に思うのです。
脱力して、ニコニコと笑って暮らしてみたらいいのにと。
肩の力を抜いて、フワフワと適当に暮らして見ては如何かと。
がばいばあちゃんのようにカハハと豪快に笑って過ごしたらどうかと思うのですた。

不安になるからこそ、努力する。勉強する。自分を鍛える。未来に備える。
しかし、何か頑張れば頑張るほど、そういう現実を引き寄せるのではないでしょうか。
不安だからこそ頑張る。頑張ってもその不安は消えない。いつまでもつきまとう。実は頑張ることが解決策ではなく、不安を捨て去ることが解決策なのではないでしょうか。

あっけらかんと、のほほんと暮らして、力を抜いて生きればそういう現実がやってくるのではないでしょうか。
バカになって生きれば、楽しみながら、笑いながら生きれるのではないでしょうか。

例えば、皆さんは働かざる者食うべからずと言います。
一生懸命仕事をする。それが美徳だと言います。
まぁ、昔から言いますが、勤勉な日本人。
それは確かに美徳ではありますが、実際、現代社会において働くとはどういうことでしょうか。

一生懸命働いて、残業して、ひいこら言いながら、何やらわけのわからない商品の提案書を書いているとか。
その商品は今度出す、ポケモン絵柄のパンティだったとか。
良く考えるとやっていることは遊びではないでしょうか。
当の本人はまじめに一生懸命、汗水たらして働いているのでしょうが、
やっていることは、資源を無駄にして、電気代を無駄にして遊んでいるだけではないか。ワタスがこのように適当に鼻毛をほじりながらブログを書くのと、残業してひいこら言いながら提案書を書くのと何の違いがありますか。
そのように思います。

例えば、新商品を生み出すといったって、ゲームソフトを作る会社だったら商品は遊びの道具です。
出版業界だって作ってる本は内容を読めば分かりますが、ほとんどが内容のない遊び本ですしキャバクラ嬢がまじめに働くといったって、要するに酒を飲んで遊んでるだけです。芸能人が仕事といくら忙しそうに立ち回ってもやっていることはお笑い番組ではないですか。
自動車メーカーだって必要もないのに、モデルチェンジを繰り返して売るのは結局のところ遊びです。携帯電話だってこれ以上機能を詰め込むと訳が分からなくなると思うのですが、一生懸命競争して新商品を出しています。液晶テレビだって、これ以上画質を良くしてどうかと思いますが。
大きな意味で言えば、遊びではないでしょうか。

現代社会において、仕事とは遊びです。
まじめにやっているのでしょうが、やっていることは必死にやるべきものとは到底思えないことをやっています。
どうせ遊びなら、ノホホンと適当に笑いながらやればよいとは思いませんか。
バカも休み休みやれ。
品質がどうの。納期がどうの。
遊びにそんなものが必要ですか。
ポケモンの絵柄が少々ずれていたって良いではないですか。
ポケモンの絵柄がずれて股間のど真ん中にあったからって不良品なのでしょうか。
黄ばみが分からなくて良いではないですか。

納期とかノルマとか。品質とか。
仕事が辛くて自殺するとか。
バカは死ななきゃなおらないと言いますが、遊びのために死んでいるのだから世話がありません。ここまでいくと真正のキチガイです。

日本人が辛い辛いと言いながら生きてるのは、結局のところそういう必死さが好きだからではないでしょうか。
やってることは遊びなのだから遊びらしく適当に楽しく暮らせば良いのでは。

玉蔵は引退して暮らす身だからそのようなことが言えるのだ。
実際問題、そんなことをしたら暮らしていけないではないか。
そういう突っ込みがあるのは分かります。
しかし、本当にそうでしょうか。

一生懸命遊ばなければ食えなくなる。

自分たちで、そんな仕組みにしてるだけではないですか。
遊びと、生活が直結しているのがそもそもおかしいのです。

ネットゲームで勝てなきゃ飢え死にする。
そんなバカな社会がありますか。
毎日一生懸命勤勉に満員電車でネットカフェまで通勤しては四六時中ネットゲームをやっている。
ワタスから言わせると、そんな異常な社会に見えます。

この世は自分達で辛くしている。
本当は、楽しくてしょうがない世の中なのに。
自分で辛くしている。

水で走る車。新エネルギー
実はもっと早く世の中に出ても良かった技術です。
おバカな人間の何かしらの圧力で出てこなかっただけです。
今、この現実を辛いものにしているのは自分達自身だ。
いつもそう思います。

バカらしい。
いち抜けた。
違う選択をする時期が来たのではないでしょうか。
そろそろ、そういうべき時が来たような気がしています。
------- 転載おわり --------------------------------

本当は全てが"遊び"の世界なのに何悲壮感漂わせてやっているんですか?
もっと力を抜いて愉快に楽しみましょうよって言っておりますね。
現代人って"遊び"の中にいながら"本当は遊んでいない"状態なのでしょう。
"楽しむ"ことこそ"遊び"の一歩。私もこれに大賛成です。
"楽しむ"ことで神様も喜ぶ、そして自らも神様になれる。
"遊ぶ"ことってそういうことなのかもしれませんね。


今年も夏至の日前後(6月20日-7月7日)にキャンドルナイトのイベントが全国各地で催されます。

100万人のキャンドルナイト でんきを消して、スローな夜を
http://www.candle-night.org/jp/
candlenight.gif


肩の力を抜いてろうそくの灯りの元、のんびりと星空を眺めて、
星の神様達と一緒に"遊ぶ"のもなかなかいいもんではありませんか...。

ご精読ありがとうございました。
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 たぶん私達は、致命的な何かを見落としていたのかもしれない..(前)

最近駅前にできた韓国料理屋さんの前に看板が..
よくみると「マッコリも旨いっ!」って書いてある。
え!?マ、マッコリ?
マッコリでもっこり?...って何を言わせるんですかぁ~。

【filmo】徳山物産 本当のモッコリ編
http://www.youtube.com/watch?v=NWtTVmheFuY


ちなみに徳山物産のくさいCMが大好きです。
チャンジャ刑事、最高ですね~

チャンジャ刑事 第1話
http://www.youtube.com/watch?v=4vF8wdG6ZUc&NR=1

チャンジャ刑事 第2話
http://www.youtube.com/watch?v=V6fqw6tFaXg

んもう~だんだん玉蔵さんの背中も見えてきたでしょうか。
そのうち裸で踊りだしたら捕まえてくださいまし。


さて、本日は、人がいかに支配されてきたのかということを中心に書きたいと思います。

世界の人口は、現在約68億人です。(「世界の人口」サイトより)
BC 0年までは約1億人以下。
1800年は、約10億人。
2010年は、約68億人。

世界の人口
http://arkot.com/jinkou/

人口の増加とともに人を管理する方法もいろいろ登場してきますた。
政治的には、王政、民主政、共産政、ファシスト、独裁政、などなど。
日本では天皇制、幕府制が中心でした。
政治とともに宗教もまた民衆を掌握するのに必須な道具です。
政治は実際の生活面を宗教は精神面をと身体と心両方の面で巨大な権力に掌握され続けてきたのです。
どちらも共通していえることは、組織体系が決まってピラミッド型であり、
細かく階級を分け、階級格差を生むことで民衆の意識をその組織に依存させることであったように思えます。

そして、各時代に登場するのが戦争でした。
昔は殺し合いが当たり前の世界。奪い合いは世の常。何よりも勝つことが要求されます。
負ければ死あるのみ、リアルに生きることが難しい時代でした。

段々と世界の人口が増えるにつれて民衆を掌握するにもいろいろと"しかけ"がいるようになりました。
近代になるまで民衆は政治と宗教の奴隷であり、意図的に「自由」を欲しがらせてそのことに意識を向かわせていたように思えます。民衆には、これは「自由」を勝ち取る戦いなんだと意識付けをさせてその戦いは現代に至るまで続きます。

そして現代。政治制度はほとんどの国が議会制民主主義。民衆に「自由」が与えられたかのように見えますが、それは表向きの話。私達は、民主主義の元、資本主義という経済体制から生み出された「会社」という組織にほとんどの人が組み込まれております。
従来の宗教は裏にかくれたのと同時に「お金主義」という宗教が「会社」という媒体を通して私達を掌握します。それを支えるある洗脳が教育にも組み込まれております。

小さい頃から私達は、他人より勝つことに賞賛を与えられ、努力することを求められてきました。
努力して他人よりいい成績を取り褒められ、いい学校に入り、いい会社に入り、いい給料をもらい、他人よりいい待遇になることを夢見て、ただただ頑張ってきたのです。他人より沢山のお金を得て、他人よりも豊かに、他人よりも権力を持ち、自分は特別であることをアピールする..。そんなことに人生の価値をおいてきたのではなかったでしょうか。
しかし、勝ち続けることは難しいことです。

妻や子のために背負うものは大きい、そのためには辛い仕事も我慢しなければならない。
犠牲を出しても競走相手には負けたくない。勝たなくてはと心が痛むのを堪えて日々の報酬を数える..

ここでmc脳拳さんの歌を紹介しましょう。
お金に従わざるをえない人々。 Money believer!「イタタマレナイノダ」
http://www.youtube.com/watch?v=lBL95yZIEWo


もう一つ、現代の資本主義世界をかなり皮肉って描いている映画を紹介します。

ダーウィンの悪夢・予告編
http://www.youtube.com/watch?v=C-uk_6UJbQA
(ここに描かれている内容には賛否両論ありますが、資本主義の縮図として見て頂ければと思います)


そんな世の中の悲鳴が聞こえてきそうです。
鬱病や自殺者が爆発的に増加している(世界中で年間約100万人が自殺している)現代社会は、生きているだけでカルマを背負っていくようなものだと誰かが言っておりました。
この約1万年の人間の歴史を見てみますと我々人類は本質的に何も変わってはいないのではないでしょうか。他人と戦い、犠牲を強いて人を征していく。そしてそのツケが今度は自分に回ってくる..そんな繰り返し。

輪廻転生がもしあるとすれば、この世に出る度にカルマを背負わされて、また次にそしてまた次にと永遠に上がることができない人生ゲームを我々はプレイしているかのようです。仕掛けられた袋小路に迷い込んでいる、それが私達、人類ではないでしょうか。

ひぐらしのなく頃に ED 「why,or why not」 Full ver.(歌詞付)
http://www.youtube.com/watch?v=2Y169Ca5sxE&feature=related


たぶん私達は、致命的な何かを見落としていたのかもしれない...。
maybe We overlooked something fatal for us.

(続く)

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