┌|∵|┘最初のページ└|∵|┐

 4月バカは足りてますか? ~April Fool's Day~

※本日はまとまりがつかない話ですんません。(先に謝っておこうっと)


部下のNさん:「遅刻してすいません、今日西武線が止まりまして。。」

ワタス:「な、なにっ!西部警察がっ、とな!」

部下のNさん:「・・・・・・・・」

西部警察OPと西武鉄道を合わせてみた
http://youtu.be/6zzU06PM4KY


なーんですか。こりは。
最後の車掌さんなんか息ぴったりだし(笑)。


皆さん、こんにちは。
最近、おバカは足りてますか?

えっ?そりはお前だ?
いやわかってますって。ではなくて。。

何それどころではない。。とな。
なんか最近、朝の通勤電車でサラリーマンの方々の顔をみるとどうも心身疲れきっている人が以前よりも増えたように感じます。
会社は大事ですが、自分のほうがもっと大事です。皆様どうぞご自愛くださいまし。

おバカはひとときの休憩室。

人々にもっとおバカを。。

さて、今年もやってきますね。エイプリルフールが。。
今年は何が飛び出すんだろう。
去年はソフトバンクの孫さんの頭に毛が生えてましたもんね。
今からワクワクします。

ワタス、以前にコメントか何かで紹介したかもしれませんが、エイプリルフールというとこれを思い出します。

Panorama - April Fool's Day Hoax - Spaghetti Harvest - 1st April 1957
http://youtu.be/27ugSKW4-QQ


昔の英語の教科書に載っていますた。
そうです。スパゲッティの木。
有名ですよね。
いいなあ、こういうユーモアのセンス素敵デス。
テレビでやっていたら小さい子はマジに信じてしまうでしょうねえ。あとで"ウソぴょん"と言ったらきっと首絞められそう(笑)。


これはアメリカのビオラ大学での授業にて。
なかなか凝ってます。こういう先生素敵ですな。

April Fools: Math Class Shadow
http://youtu.be/blOrY-nEGaE



これはエイプリルフールネタではないのですが、ジョークネタとしては超有名な動画デス。
大学の授業の時に突然オペラをやりだす、先生は苦笑い、生徒は大拍手。

Lecture Prank Very Funny
http://youtu.be/b9uh-P40t-0


ということで文章極力少なめですんません。あは。


皆様どうぞ素敵なエイプリルフールを!

Happy April Fool's Day!

ご精読ありがとうございました。
よろしかったらポチっと押しておくんなまし。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金

スポンサーサイト

 特別転載記事「フクシマの嘘」

皆様、こんにちは。
消される前に増やしてしまおうを合言葉に本日は緊急拡散記事をおおくりいたします。

七曜さんのブログ「まほろばの蒼き惑星・・・宇宙の詩。 Psychic Medium」から拡散希望とのことで転載いたします。
(七曜さんありがとうございます)

既に知っている方も多いとは思いますが、ドイツZDFテレビ製作の「フクシマの嘘」という番組デス。
これはドイツZDFテレビの記者であるハーノ氏が原発事故のあった福島を取材し、原発の元技術者や東電社員、元首相の菅直人国会議員、他関係者からの証言を元に結構客観的な視点で描かれております。(といってもある種の意図は当然あるのでしょう)

ワタスはこのような番組が日本のテレビ局から製作・放映されない現状をとても残念に思っています。
まだまだ原子カムラの影響が強く働いているのでしょうか。
ともあれこの番組を製作してくれたドイツZDFテレビとハーノ記者に感謝を捧げます。


ドイツZDFテレビ「フクシマの嘘」
http://www.dailymotion.com/video/xpisys_yyyzdf-yyyyyyy_news

ドイツZDF フクシマのうそ 投稿者 sievert311

2012年03月23日記事
「管元首相は反対勢力に対抗しようとして追い出された。ドイツZDFテレビ」より転載
http://orangeapple01.blog62.fc2.com/blog-entry-1057.html
番組中の音声を翻訳文書化したもの
----転載はじめ ---------------------------------------------

我々は放射能から身を守り、警察から外人と見破られないよう
防護服を着こんだ。
汚染され、破壊した原発が立っているのは立ち入り禁止区域だ。
そこに連れて行ってくれることになっている男性と落ち合った。
なにが本当にそこで起きているか、彼に見せてもらうためだ。
ナカ・ユキテル氏は原子力分野のエンジニア会社の社長で
もう何十年間も原発サイトに出向いて働いてきた。
フクシマでも、だ。
私たちは見破られず、無事チェックポイントを通過した。
作業員たちが作業を終え、原発から戻ってきたところだった。
3月11日に起こったことは、これから日本が遭遇するかもしれぬことの
前兆に過ぎないのかもしれないことが次第にわかってきた。
そしてその危険を理解するには、過去を理解することが必要だ。

(タイトル) フクシマの嘘
(監督) ヨハネス・ハノ

私たちは立ち入り禁止区域の中、事故の起きた原発から約7キロ離れたところにいる。
ナカ氏はここで生活をし
福島第一とフクシマノ第二の間を股にかけて仕事をしてきた。
ナカ氏と彼の部下は、何年も前から原発の安全性における重大な欠陥について注意を喚起してきた。
しかし、誰も耳を貸そうとしなかった。

(ナカ氏)
私の話を聞いてくれた人はほんのわずかな有識者だけで
その人たちの言うことなど誰も本気にしません。
日本ではその影響力の強いグループを呼ぶ名前があります。
原子力ムラ、というのです。
彼らの哲学は、経済性優先です。
この原子力ムラは東電、政府、そして
大学の学者たちでできています。
彼らが重要な決定をすべて下すのです。

私たちは東京で菅直人と独占インタビューした。
彼は事故当時首相で、第二次世界大戦以来
初の危機に遭遇した日本をリードしなければならなかった。
彼は唖然とするような内容を次々に語った、たとえば
首相の彼にさえ事実を知らせなかったネットワークが存在することを。
マスメディアでは彼に対する嘘がばらまかれ
彼は辞任に追い込まれた。
彼が原子力ムラに対抗しようとしたからである。

(菅前首相)
最大の問題点は、3月11日が起こるずっと前にしておかなければ
いけないものがあったのに、何もしなかったことです。
原発事故を起こした引き金は津波だったかもしれないが
当然しておくべき対策をしなかったことが問題なのです。
この過失は責任者にあります。
つまり、必要であったことをしなかった、という責任です。


では原発事故の原因は地震と津波ではなかったのか?
原子力ムラの足跡を辿っていくと、
嘘、仲間意識と犯罪的エネルギーの網の目に遭遇する。
調査は2つの大陸にまたがった。
まずカリフォルニアに飛んだ。
目的地はサン・フランシスコである。
私たちはある男性と話を聞く約束をしていた。
彼は長年原子炉のメンテナンスの仕事で
フクシマにも何度も来ており
かなり深刻なミスや事故を東電が隠蔽するのに遭遇した。
フクシマの第1号原子炉は70年代初めに
アメリカのジェネラルエレクトリック社が建設し
それ以来アメリカのエンジニアが点検を行ってきた。
そしてフクシマでは何度も問題があった。

(ハーノ記者)
東電は、点検後、なにをあなたに求めたのですか?

(スガオカ氏)
亀裂を発見した後、彼らが私に言いたかったことは簡単です。
つまり、黙れ、ですよ。
何も話すな、黙ってろ、というわけです。


問題があるなど許されない
日本の原発に問題など想定されていない
アメリカのエンジニア、ケイ・スガオカ氏も
それを変えようとすることは許されなかった。

(スガオカ氏)
1989年のことです、蒸気乾燥機でビデオ点検をしていて
そこで今まで見たこともないほど大きい亀裂を発見しました。


スガオカ氏と同僚が発見したのは、それだけではない。

(スガオカ氏)
原子炉を点検している同僚の目がみるみる大きくなったと思うと
彼がこう言いました
蒸気乾燥機の向きが反対に取り付けられているぞ、と。
もともとこの原発の中心部材には重大な欠陥があったのだ。
スガオカ氏は点検の主任だったので
正しく点検を行い処理をする責任があったのだが
彼の報告は、東電の気に入らなかった。
私たちは点検で亀裂を発見しましたが、東電は
私たちにビデオでその部分を消すよう注文しました。
報告書も書くな、と言うのです。
私はサインしかさせてもらえませんでした。
私が報告書を書けば、180度反対に付けられている蒸気乾燥機のことも
報告するに決まっていると知っていたからです。


(ハーノ記者)
では、嘘の文書を書くよう求めたわけですか?

(スガオカ氏)
そうです、彼らは我々に文書の改竄を要求しました。


スガオカ氏は仕事を失うのを怖れて、10年間黙秘した。
GE社に解雇されて初めて彼は沈黙を破り
日本の担当官庁に告発した。
ところが不思議なことに、告発後何年間もなにも起こらなかった。
日本の原発監督官庁はそれをもみ消そうとしたのだ。
2001年になってやっと、スガオカ氏は「同士」を見つけた。
それも日本のフクシマで、である。
18年間福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏は
当時の日本の与党、保守的な自民党所属だ。
佐藤氏は古典的政治家で
皇太子夫妻の旅に随行したこともある。
始めは彼も、原発は住民になんの危険ももたらさないと確信していた。
それから、その信頼をどんどん失っていった。

(佐藤前知事)
福島県の原発で働く情報提供者から約20通ファックスが届き
その中にはスガオカ氏の告発も入っていました。
経産省は、その内部告発の内容を確かめずに
これら密告者の名を東電に明かしました。
それからわかったことは、私も初めは信じられませんでした。
東電は、報告書を改ざんしていたというのです。
それで私は新聞に記事を書きました。
そんなことをしていると、この先必ず大事故が起きる、と。



それでやっと官僚たちもなにもしないわけにはいかなくなり
17基の原発が一時停止に追い込まれた。
調査委員会は、東電が何十年も前から重大な事故を隠蔽し
安全点検報告でデータを改竄してきたことを明らかにした。
それどころか、フクシマでは30年も臨界事故を隠してきたという。
社長・幹部は辞任に追い込まれ、社員は懲戒を受けたが
皆新しいポストをもらい、誰も起訴されなかった。
一番の責任者であった勝俣恒久氏は代表取締役に任命された。
彼らは佐藤氏に報告書の改竄に対し謝罪したが
佐藤氏は安心できず、原発がどんどん建設されることを懸念した。
そこで佐藤氏は日本の原発政策という
「暗黙のルール」に違反してしまった。
2004年に復讐が始まった。

(佐藤前知事)
12月に不正な土地取引の疑いがあるという記事が新聞に載りました。
この記事を書いたのは本来は原発政策担当の記者でした。
この疑惑は、完全にでっち上げでした。
弟が逮捕され
首相官邸担当の検察官が一時的に福島に送られて検事を務めていた。


彼の名はノリモトという名で
遅かれ早かれ、お前の兄の知事を抹殺してやる、と弟に言ったそうです。
事態は更に進み、県庁で働く200人の職員に
圧力がかかり始めました。
少し私の悪口を言うだけでいいから、と。
中には2、3人、圧力に耐え切れずに
自殺をする者さえ出ました。
私の下で働いていたある部長は、いまだ意識不明のままです。

それで、同僚や友人を守るため、佐藤氏は辞任した。
裁判で彼の無罪は確定されるが
しかし沈黙を破ろうとした「邪魔者」はこうして消された。
これが、日本の社会を牛耳る大きなグループの復讐だった。
そしてこれこそ、日本で原子力ムラと呼ばれるグループである。

(菅前首相)
ここ10~20年の間、ことに原子力の危険を訴える人間に対する
あらゆる形での圧力が非常に増えています。
大学の研究者が原発には危険が伴うなどとでも言おうものなら
出世のチャンスは絶対に回ってきません。
政治家はあらゆる援助を電力会社などから受けています。
しかし、彼らが原発の危険性などを問題にすれば、
そうした援助はすぐに受けられなくなります。
反対に、原発を推進すれば、多額の献金が入り込みます。
それは文化に関しても同じで
スポーツやマスコミも含みます。
このように網の目が細かく張りめぐらされて
原発に対する批判がまったくなされない環境が作り上げられてしまいました。
ですから原子力ムラというのは決して小さい領域ではなくて
国全体にはびこる問題なのです。
誰もが、この原子力ムラに閉じ込められているのです。


東電から献金を受け取っている
100人以上の議員に菅首相は立ち向かった。
その中には前の首相もいる。やはり彼と同じ政党所属だ。
ネットワークは思う以上に大きい。
多くの官僚は定年退職すると、電事業関連の会社に再就職する。
1962年以来東電の副社長のポストは
原発の監査を行うエネルギー庁のトップ官僚の指定席だ。
これを日本では天下り、と呼んでいる。
しかし反対の例もある。
東電副社長だった加納時男氏は当時与党だった自民党に入党し
12年間、日本のエネルギー政策を担当し
それからまた東電に戻った。
このネットワークについて衆議院議員の河野太郎氏と話した。
河野氏の家族は代々政治家で
彼の父も外相を務めた。
彼は、第二次世界大戦後日本を約60年間に渡り
支配した自民党に所属している。
原発をあれだけ政策として推進してきたのは自民党である。

(河野議員)
誰も、日本で原発事故など起こるはずがない、と言い続けてきました。
だから、万が一のことがあったらどうすべきか、という準備も
一切してこなかったのです。
それだけでなく、原発を立地する地方の行政にも
危険に対する情報をなにひとつ与えてこなかった。
いつでも、お前たちはなにも心配しなくていい
万が一のことなど起こるはずがないのだから、と。
彼らはずっとこの幻想をばらまき事実を歪曲してきた
そして今やっと、すべて嘘だったことを認めざるを得なくなったのです。


この雰囲気が2011年3月11日に壊れた。
日本がこれまでに遭遇したことのない大事故が起きてからだ。
14時46分に日本をこれまで最大規模の地震が襲った。
マグニチュード9だった。
しかし、地震は太平洋沖で始まったその後の
ホラーの引き金に過ぎなかった。
時速数百キロという激しい波が津波となって
日本の東部沿岸を襲った。
津波は場所によっては30メートルの高さがあり
町や村をのみこみ消滅させてしまった。
約2万人の人がこの津波で命を失った。
そして福島第一にも津波が押し寄せた。
ここの防波堤は6メートルしかなかった。
津波の警告を本気にせず
処置を取らなかった東電や原発を監査する当局は
警告を無視しただけでなく、立地場所すら変更していたのだ。

(菅前首相)
もともとは、原発は35mの高さに建てられる予定でした。
しかし標高10mの位置で掘削整地し
そこに原発を建設したのです、低いところの方が
冷却に必要な海水をくみ上げやすいという理由で。
東電がはっきり、この方が経済的に効率が高いと書いています。



巨大な津波が、地震で損傷を受けた福島第一を完全ノックアウトした。
まず電源が切れ、それから
非常用発電機が津波で流されてしまった。
あまりに低い場所に置いてあったからである。
電気がなければ原子炉冷却はできない。

(菅前首相)
法律ではどの原発もオフサイトサンターを用意することが義務付けられています。
福島第一ではその電源センターが原発から5キロ離れたところにあります。
これは津波の後、1分と機能しなかった。
それは職員が地震があったために、そこにすぐたどりつけなかったからです。
それで電源は失われたままでした。
こうして送電に必要な器具はすべて作動しませんでした。
つまりオフサイトサンターは、本当の非常時になんの機能も果たさなかったということです。
法律では原発事故と地震が同時に起こるということすら想定していなかったのです。



菅直人はこの時、原発で起こりつつある
非常事態について、ほとんど情報を得ていなかった。
首相である彼は、テレビの報道で初めて、
福島第一で爆発があったことを知ることになる。

(菅前首相)
東電からは、その事故の報道があって1時間以上経っても
なにが原因でどういう爆発があったのかという説明が一切なかった。
あの状況では確かに詳しく究明することは難しかったのかもしれないが
それでも東電は状況を判断し、それを説明しなければいけなかったはずです。
しかし、それを彼らは充分に努力しませんでした。



2011年3月15日、災害から4日経ってもまだ
東電と保安院は事故の危険を過小評価し続けていた。
しかし東電は菅首相に内密で会い、
職員を福島第一から撤退させてもいいか打診した。
今撤退させなければ、全員死ぬことになる、というのだ。

(菅前首相)
それで私はまず東電の社長に来てもらい
撤退はぜったい認められない、と伝えた。
誰もいなくなればメルトダウンが起き
そうすれば莫大な量の放射能が大気に出ることになってしまう。
そうなってしまえば広大な土地が住めない状態になってしまいます。



菅は初めから東電を信用できず
自分の目で確かめるためヘリコプターで視察した。
しかし首相である彼にも当時伝えられていなかったことは
フクシマの3つの原子炉ですでにメルトダウンが起きていたということだ。
それも災害の起きた3月11日の夜にすでに。

(菅前首相)
東電の報告にも、東電を監査していた保安院の報告にも
燃料棒が損傷しているとか
メルトダウンに至ったなどということは一言も書かれていなかった。
3月15日には、そのような状況にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました。


事故からほぼ1年が経った東京。
世界中であらゆる専門家が予想していたメルトダウンの事実を
東電が認めるまでなぜ2ヶ月も要したのか、私たちは聞こうと思った。
自然災害が起きてからすぐにこの原発の大事故は起きていたのである。

(ハーノ記者)
「原子炉1号機、2号機そして3号機でメルトダウンになったことを、東電はいつ知ったのですか」

(東電・松本氏)
「私どもは目で見るわけにはいきませんが
上がってきましたデータをもとに自体を推定し
燃料棒が溶けおそらく圧力容器の底に溜まっているだろう
という認識に達したのは5月の初めでした。」


膨大なデータに身を隠そうとする態度は今日も変わらない。
東電は、毎日行う記者会見でこれらのデータを見せながら、事態はコントロール下にあると言い続けている。
しかしこれらのデータの中には、本当に責任者たちは
なにをしているのかわかっているか、疑いたくなるような情報がある。
たとえばスポークスマンはついでのことのように
放射能で汚染された冷却水が「消えてしまった」と説明した。 
理由は、原発施設ではびこる雑草でホースが穴だらけになっているという。

(ハーノ記者)
「放射能で汚染された水を運ぶホースが
雑草で穴が開くような材料でできているというのですか?」

(東電・松本氏)
「草地に配管するのは私たちも初めてのことですが
穴があくなどのことについては知見が不十分だったと思っています。」


しかし原発の廃墟をさらに危険にしているのは
雑草だけではない。
私たちは富岡町に向かった。
ゴーストタウンだ。
原発廃墟の福島第一から7キロのところにある。
私たちはナカ氏に便乗した。
彼のような住民は、個人的なものをとりに行くためだけに
短時間だけ帰ることが許されている。
彼は、地震に見舞われた状態のまま放り出された会社を見せてくれた。
今では放射能のため、ここに暮らすことはできない。

(ナカ氏)
この木造の建物はとても快適でした。
とても静かで、夏は涼しく、冬は暖かかった。
私たちは皆ここで幸せに暮らしていました。



80人の原発専門のエンジニアが彼のもとで働いており
原発事故後も、事故をできるだけ早く収束しようと努力している。
ナカ氏と彼の社員は、原発廃墟で今本当になにが起きているのか知っている。

(ナカ氏)
私たちの最大の不安は、近い将来、
廃墟の原発で働いてくれる専門家がいなくなってしまうことです。
あそこで働く者は誰でも、大量の放射能を浴びています。
どこから充分な数の専門家を集めればいいか、わかりません。



しかし、まだ被爆していない原発の専門家を集めなければ
事故を収束するのは不可能だ。
例えこれから40年間、充分な専門家を集められたとしても
日本も世界も変えてしまうことになるかもしれない一つの問題が残る

(ハーノ記者)
今原発は安全なのですか?

(ナカ氏)
そう東電と政府は言っていますが
働いている職員はそんなことは思っていません。とても危険な状態です。
私が一番心配しているのは4号機です。
この建物は地震でかなり損傷しているだけでなく
この4階にある使用済み燃料プールには
約1300の使用済み燃料が冷却されています。
その上の階には新しい燃料棒が保管されていて
非常に重い機械類が置いてあります。
なにもかもとても重いのです。もう一度大地震が来れば
建物は崩壊してしまうはずです。
そういうことになれば、また新たな臨界が起こるでしょう。



このような臨界が青空の下で起これば
日本にとって致命的なものとなるだろう。
放射能はすぐに致死量に達し、原発サイトで働くことは不可能となる。
そうすれば高い確率で
第1、2、3、 5、 6号機もすべてが抑制できなくなり
まさにこの世の終わりとなってしまうだろう。
東京で著名な地震学者の島村英紀氏に会った。
2月に東大地震研が地震予知を発表したが
それによれば75%の確率で4年以内に
首都を直下型地震が襲うと予測されている。

(ハーノ記者)
このような地震があった場合に原発が壊滅して
確率はどのくらいだとお考えですか?

(島村教授)
-はい、とても確率は高いです。



(ハーノ記者) 
-どうしてですか?

(島村教授)
計測している地震揺れ速度が、これまでの予測よりずっと速まってきています。
私たちはここ数年千以上の特別測定器を配置して調査してきましたが
それで想像以上に地震波が強まり、速度も増していることがわかったのです。



これは日本の建築物にとって大変な意味を持つだけでなく
原発にとっても重大な問題となることを島村氏は説明する。

(島村教授)
これが原発の設計計算です。
将来加速度300~450ガルの地震が来ることを想定しています。
そして高確率で発生しないだろう地震として600ガルまでを想定していますが
この大きさに耐えられる設計は原子炉の格納容器だけで
原発のほかの構造はそれだけの耐震設計がされていないのです。
しかし私たちの調査では、最近の地震の加速度がなんと
4000ガルまで達したことがわかっています。
想定されている値よりずっと高いのです。



(ハーノ記者) 
電気会社は、それを知って増強をしなかったのですか?

(島村教授)
今のところ何もしていません、不十分であることは確かです。
これだけの地震に耐えられるだけの設計をしようなどというのは
ほとんど不可能でしょう。


ここは原発廃墟から60キロ離れた場所だ。
フクシマ災害対策本部では東電、保安院、福島県庁が共同で
原発の地獄の炎を鎮火するための闘いの調整をはかっている。
私たちは東電の災害対策部責任者にインタビューした。
ことに彼に訊きたいのはどうやって今後
これだけ損傷している原発を大地震から守るつもりなのか、ということだ。
ことに、危ぶまれている4号機について訊いた。

(東電・白井氏)
4号機の使用済み燃料プールには夥しい量の使用済み燃料が入っています。
これをすべて安全に保つためには、燃料プールの増強が必要です
燃料プールのある階の真下に、新しい梁をつけました。


(ハーノ記者) 
原発はほとんど破壊したといってもいいわけですが
原発が健在だった1年前ですら大地震に耐えられなかった構造で
どうやって次の地震に備えるつもりなのでしょうか?

(東電・白井氏)
我々は耐震調査を4号機に限らず全体で行いました。
その結果、問題ないという判断が出ています。


(ハーノ記者) 
でも地震学者たちは4000ガルまでの地震加速度が測定されていて
これだけの地震に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。
半壊状態のフクシマの原発の真下でそのような地震が来ても
全壊することはないと、なぜ確信がもてるのですか?

(東電・白井氏)
その4000ガルという計算は別の調査ではないでしょうか
それに関しては、私は何とも言いかねます。



(ハーノ記者) 
原発を日本で稼動させるだけの心構えが、東電にできているとお考えですか?

(東電・白井氏)
それは答えるのが難しいですね。


(ナカ氏)
これがやってきたことの結果です。
この結果を人類はちゃんと知るべきだと思います。
一緒に未来の政策をつくっていくことができるように


----転載おわり ---------------------------------------------

ハーノ記者へのインタビューもありましたのでそれもどんぞ。


独ZDFハーノ記者へのインタビュー
http://youtu.be/utuOvj-aAXY



ご精読ありがとうございました。
よろしかったらポチっと押しておくんなまし。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金

 すぷりんぐはずかむ~なじみの床屋さんを卒業するの巻~

皆様、こんにちは。
土曜日、雨の中を歩いていたせいか風邪をこじらせてしまったようです。
春前の雨は冷たい。。
ダジャレを言うても部下の視線は冷たい。。
ゴホン、ゴホン。。

くそう、くそう…(えっ?キルミーベイベー?知りませんよぉ~)


しか~し!

すぷりんぐ はず かむ

寒さ暑さも彼岸まで。
そろそろ春がやってくる予感。

Spring has come Early - The John Murray Show
http://youtu.be/1mbU4v3rb_c




さて、本日は準備している間もなく更新のタイミングがやってきてしまったものでずびばせん。
まとまりのつかない話になってしまうことをお許しくださいまし。

最近、何かのタイミングなのかわからないのですが今まで普通に使っていた電気機器が突然壊れたり、よく知っていたお店が閉店していたり、たまに行く銭湯がいつのまにか取り壊されていたりと何故かワタスの周りはお別れモードで一杯になっております。

先日も長年通っていた床屋さんでそれがありました。
ワタスはここの床屋さんをみつけるまでそりはそりは苦難の床屋さん時代を送っていたのでありました。

あるときは、パーマをかけにあるお店へ行ったら学校の美術室に置いてあるギリシャの哲学者像みたいな頭になっていて皆から"シーザー"と呼ばれたり。

あるときは、店主らしき人が客のヒゲを剃っていたのですが、お客さんの皮膚が弱かったのか顔じゅう真っ赤になっていたのを店に入って見るや否や瞬時に驚いて逃げ帰ったり。

あるときは、女性ばかりの床屋さんだぁと嬉しがって入っていったのですがとんでもない頭(五部刈り)にされてしまったり。

あるときは、寿司屋みたいな掛け声のお店に入ったり。

あるときは、。。。

あるお店に入り、
「ふつうのパーマかけてください」といったところ「はいよ~」と元気のいい店主さんが奥から出てきて手際よくやってくれていたのでイスに座るや安心して眠りこけてしまいました。当時、眼鏡をしていたのでパーマをかけている間当然外しておりまして、眠りから醒めたときには店主さんがパーマをかけた髪をカットしていたところでした。

おぼろげながら鏡に映るワタスの頭がなんか短いように感じたのですが、まあ気のせいだろうと思って横に貼ってあるポスターに目がいきました。

すると
「男ならパンチパーマ!デザインパーマ!」

「えっ!?」なんかちょっと嫌な予感が。。

さらにその横にもポスターが。。
ポスターの文字を見て一瞬で固まってしまったのですた。

「男ならパンチパーマ!パンチパーマ!パンチパーマ!」

くぅ~、そ、そんな強く言わんでも。。
冷や汗が滝のように流れてきますた。
ヤバイ、やられてしもうたか。。

「お客さんできたよ~」店主さんが眼鏡をかけてくれますた。

すると
案の定、パンチパーマのできあがり。(>_<)/



そんな苦難の時代があってこのお店を見つけた時には大変嬉しかったのですた。
若い店員さん達とバカ話をするのが楽しみの一つなのですが、ここにいる店員さん達は、東京へ修行に来ている人達がほとんどなのでいつかは各自の故郷へ帰ってしまうのでした。

店長さんも数回変わり、ワタスが記憶している中で一番若い店長さんに変わった昨年、福島原発事故の影響で避難してきたご夫婦がここのオーナーさんと知り合いでそこで働くことになりました。

最初は勝手がわからなくていろいろ大変そうでしたが、床屋としての腕は確かな人達でワタスも奥さんにやってもらったのですが、カットのうまさは若店長さんも敵わない程の腕前。本物でありました。
徐々に馴染んできたそのご夫婦は、お客さんとの信頼関係を築いて昨年の秋にはもう自分のお店のように切り盛りしておりました。

その床屋さんへ行くと本当に楽しい時間を過ごさせてもらったのですが、福島の自宅がある隣町の仮設住宅に当たって今月一杯で福島のほうに帰ることになったのだそうです。同じ時期に若店長さんもご自身の家の床屋を継ぐことになり、そこのお店は閉店することになってしまったのです。

福島のご夫婦とはいつもバカ話でお互い笑い転げておりましたし、若店長さんとは怪しい話で夢中になっておりました。本当に楽しいひとときを過ごさせてもらったのでした。

しかし、お別れの時がきてしまいました。
切なくて寂しい気持ちで一杯ですが、この気持ちを乗り越えて新しい門出へ向かう彼らを見送りたいと思いまつ。そういえば今は卒業シーズン。こりはお互いの卒業式みたいなものなのでしょう。
福島のご夫婦、そして若店長さん、いつも楽しいひとときを本当にありがとうございました。


「私達が一番最初に町に戻って皆の帰ってくるきっかけになれれば。。」そう話していた旦那さん。

今は何ができるかまだわかりませんが、いつか福島へ行ってみようと思っています。


皆に幸あれ。

森山直太朗 - さくら(独唱)
http://youtu.be/p_2F2lKV9uA




ご精読ありがとうございました。
よろしかったらポチっと押しておくんなまし。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金

 Inori no Akari ~ 祈りの灯り 黙祷 ~

inorinoakari.gif


ロウソクの灯りに祈りを込めて。

黙祷



タテタカコさんの曲は魂が揺さぶられます。
真剣な眼差しの人は美しい。

[PV] タテタカコ - 道程
http://youtu.be/5o2MD2dv7Sk

 "人断捨離"はごめんだ

(>_<)/
歯が痛い。。

思えば昨年の今頃も虫歯で歯医者に通っていた。
同じ頃、カナダへ行った友人と日本にいる友人とがネット越しに喧嘩を始めていた。
何が原因だったのか、今から思えばつまらんことだったと思う。
長い間議論を戦わせるがお互いのミゾは全く埋まらなかった。。

ワタスは彼らの間で右往左往していた。
どちらとも大切な友人だったし失いたくはなかった。

あの大震災の前と後とで世界は全く変わってしまった。
結局二人ともいやワタスも含めて三人ともお互いに離れてしまった。
以後連絡もしていない。

そうなる時期であったのか。たぶんそうなのであろう。

1年経った今、同じようなシュチュエーションの出来事が同じ時期に同じように起こっている。
これは一体どういうことなのであろうか。

"断捨離"という用語を変形した"人断捨離"なる言葉を片方の友人は最近よく使っている。
自分のハードルを越えた人だけ付き合いたいのだそうだ。それ以外は切り捨てるらしい。(どんだけ上から目線なのかなあ(笑))

良い人と思われなくて良いと思うともの凄く楽になれるそうだ。。
"切り捨てる"、人に向けるとなんとも嫌な言葉になる。。。人は物ではないのに。。

dansyari-1.gif

"断捨離"という意味は、そもそも単に切って捨てるという意味ではない。
これは長い間放置している不要なものについてのみ捨てるという整理整頓の意味で使われる。
物に対して執着を捨てるそういう意味なのだそうだ。
しかし現在付き合っている人間関係において使うべきものではない。。(人への執着を捨てるという意味ならわからないでもないが。。)

人を捨てればいつか必ず自分も捨てられる。。鏡の法則によって結局最後は自分に向かうのだ。

ワタスのいる会社の社長は不思議な方で人を経営的に切るということをあまりしない。
その人の良い面に光を当ててそこと付き合っていこうとする。
人には良い面悪い面あって当然、ならば良い面を出来る限り引き出しそこを生かせばよいそう考えているようだ。

この社長、ずっとみてきているが運がとてもいい。悪い状況でも悪いなりに良い方向で落ち着くまたは回避する。そんなことが頻繁に起こる。


昔、ワタスがまだ大学を卒業したての頃、仕事上の先輩がワタスにとても大切なことを教えてくれた。
その頃ワタスは"人断捨離"の友人と同じような考えを持っていた。あからさまに態度に出していたのでよく先輩から叱られたものだ。
これこれ人間関係というものはな、そんなに簡単に割り切れるものではない、そんなことをしていると誰も君を助けなくなるぞ!と。自分に関係ない人でも話を聞く態度、人と接するマナーには十分気を配りなさいと教えてくれた。

「なぜ関係のない人の話まで聞かなくちゃならんのですか?」とワタスが聞くと。

先輩はこう教えてくれた。

「人ってのはね。感情を持った生き物なんだ。いや他の動物に全く感情がないと言ってるのではないよ。
その人の判断の前に感情というフェーズがあってこれの比重がもの凄く高いのさ。
その感情ってのは些細な事に左右されやすい。特に日本人の場合はね。その人の姿勢や態度で感情が大きく揺れるんだ。
人と付き合うときにこのことに気をつけないと人は心を開いてくれない。ましてや人の話も聞けない無礼な奴という判断がなされるとイメージに刻印されてしまう。
すると判断とイメージがペアになって記憶されるんだ。結果、次に会ってもまともに取り扱ってくれなくなる。
そうするとその人との情報がプッツリ切れてしまうんだ。これは小さなことのようでとても大きな問題なんだ。
なぜなら、君(ワタス)自身にとって有効かもしれない打てる手(未知の可能性)を自分で抹殺してしまうことになるから。
人は窮地に立ったとき、本当に思いも寄らないところから助け手が現われるんだ。それを君は知らなくても潜在意識はちゃんと知っている。
だから昔の人達は人との繋がりを特に大切にしてきたんだ。
日本人が態度や礼儀を重んじてきたのもそういう理由も一つにあるのではないかと思う。

繋がりを切ることは簡単だが繋がりを構築することは容易ではないよ。
切ってしまった人だってもし切れていなかったら将来何かのカタチでお世話になることだってあるかもしれないのだから。。
一人が知っていることなんてホントに小さいことだけれど、繋がった人々の情報には力があるし、将来それが役に立つときが必ず来ると思うんだ。」

先輩がいうのは、人との繋がりを切るような行動をしてはいけないということでその人の言うことを全て受け入れろとは言ってはいない。つまり、人から話を聞いたら頭の中で情報の選別をせよ。ふるいにかけよということなのだ。


あの時先輩に反発ばかりしていた自分が本当に恥ずかしく思う。
いつも嫌な思いをしながら語ってくれたであろう先輩には今、いくら感謝してもし尽くせない。
本当に良い事を教えてもらったと思う。


さて、"人断捨離"の友人だが、たぶんワタス達から離れていくのだと思う。
何をとるかは本人の選択なのでしかたがあるまい。
その友人の言葉を借りるとワタスと一人の友人はそのハードルとやらを越えられなかったのかもしれない。
まあそれはそれでいたしかたない。
"人断捨離"の友人には「ハードルを越えられた人」のみと付き合ってもらうことにしよう(笑)。


歯が痛い。。のはそのためなのか。。



ご精読ありがとうございました。
よろしかったらポチっと押しておくんなまし。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金

 アイヌの星(ノチウ)

ワタスの部下のNさんがお菓子をこっそりしまおうとしていた所へワタスが通りかかったのですた。

Nさん:「何わくわくしてるんですかっ!」

ワタス:「い、いや何も・・・」

Nさん:「そうですかぁ~?しまったお菓子狙ってますよねえ?」

ワタス:「い、いや別に・・・」目が右斜め45度を向き平静を装うワタス。

しかし、くるりと向きを変え目だけパチパチさせてトキメキトキメキ!

Nさん:「まったくもぉ~目が少女漫画してるじゃないですかっ!」


皆さんこんにちは。朝、部下と戯れている一コマでした。(しょ~もな)
まだまだ寒い日が続きますねえ。
しかしこれを越えるともうすぐ春はやってきます。

春がやってくる前に是非観ておいて欲しいものがあるのです。

それは。。。

冬の大三角形。

fuyunodaisankaku.gif

南東の空を御覧ください。

おおいぬ座α星シリウス(-1.5等星)
こいぬ座α星プロキオン(0.4等星)
オリオン座α星ベテルギウス(1等星)
これらを結ぶとほぼ正三角形に近い形になります。
天の川に浮かぶ冬の大三角形。

その中のこいぬ座α星プロキオン (Procyon) 。学名は α Canis Minoris(略称は α CMi)。
ある天体マニアさんの説ではこの星こそあの有名な"巨人の星"なのだそうです。

「巨人軍という星座のどまんなかで ひときわでっかい明星となって光れ!かがやけ!」

漫画中の登場人物達が巨人の星を見上げていたり、指さしていたりする方角を考えるとどうもそうなるらしい。(コマの季節、時刻、方位、父ちゃんが指さす角度から三角関数で天球上の位置を計算した結果なのだそうな)
すごいなー。さすがマニアさん。

ねえ?一徹さんどう思います?

巨人の星 星一徹 星飛雄馬 病院編 タウンページ
http://youtu.be/zjhBuvjU_NU


とうちゃん?



中学の頃、週に一度、区の天文学研究所(プラネタリウム)で星の観察会に出ていたことがあります。
寒い中、望遠鏡や双眼鏡で月や惑星を眺めたりしていました。(ところがさぼって町の風景をみていたことが多かったのですが。。あは(笑))
いい冬の思い出です。
なぜか大人になっても天文関係の場所や人に引き寄せられる傾向があるのかもしれない。
(といってもそんなに天文学については詳しくはないのデスが。。)

さて冬の星座の動画がありましたのでゆっくり眺めてくださりまし。

是非フルスクリーンで御覧ください。(動画画面の右下にある全画面マークをクリックすると大きくなります。)

オリオン・冬の星座(八ヶ岳)Time lapse Winter Night Sky Yatsugatake in Japan 2
http://youtu.be/cimyKo1dD9Y




昨年12月、つくばエキスポセンターのプラネタリウムで上映されていた「アイヌの星」というオリジナル番組を観てきました。
これがとっても良い作品でなんと2回も観に行ってしまいますた。
アイヌは、自然と共に歩む生活に根ざした独自の星座文化を持っていたのだそうです。さらに天国と地獄のようなこの世とあの世の世界観も存在しておりました。それらは、"イヨマンテ"に代表されるアイヌ伝統のお祭りと密接に関係があるのですた。

poster.gif

「アイヌの星」簡単にご紹介いたしましょう。(もちろんマティックス語りべバージョンで)

主人公は、男子高校生の"ワタス"。ワタスは家族(父、母、自分)で北海道釧路へ引越してきた。父親は転勤族で1年もするとまた違う転勤先へ転勤を命じられる。
だから、ワタスは引越しや転校は慣れっこ。転校先の高校では教室の隅っこでなるべく目立たないようにふるまい、そしてほとんど友達も作らない孤独な学生生活を送っていた。
(ワタスは友達との別れが怖かったのだ)

ワタスは引越した時に決まってある二つのことを行なうのであった。
一つは、引っ越してきた町を歩くこと。もう一つは、そこで○○○○○こと。あ~今日は無理みたいだなあ。。

ある日、町を歩いていると民俗博物館に出くわした。吸い寄せられるように中へ入るとそこにはアイヌ民族文化の展示が行なわれていた。

「へえ~、なんだか面白そうだなあ・・」

その独特な衣装の紋様から目が離れなくなった。いつまでみてても飽きない。
ワタスは完全にその魅力にとりつかれてしまったようだ。
ふと気がつくと"アイヌの村"行きのバスに一人乗っていた。

"アイヌの村"へ着くと美しい阿寒湖のほとりで綺麗な夕日を眺めた。そして引越した時に決まってやる二つ目のこと、そこで星を眺めることをするのであった。
ふと気がつくと、バスの時間が迫っていたことに気づき慌ててバス停へ走るが間に合わなかった。
村では女性たちが輪になりアイヌ古式舞踊を始める。興味深く見入るがそれも終りいつしか湖のほとりまで戻ってきてしまった。

ふわりふわり

と空から雪が。。

幻想的な風景の中、どこからともなく女の人の声が聞えてきた。。

見るとそこには先程踊っていたアイヌ女性と同じような衣装をした若い女の人が立っていた。

「この世のものは皆、なんらかの役割を持っているのですよ。」

女性は優しく語りはじめた。


アイヌでは、人間以外のものを"カムイ"(神または神の使い)と呼び、高い霊性がそこに存在しているものと考えてきた。
といっても一神教の神様のような特別な存在としてではなく、日常の生活そのものが特別であり、それを実現させてくれているのが"カムイ"なのだと。
人間を"アイヌ"と呼んで"カムイ"から様々な恵みを受けて生きているそう考えてきたのだ。

星もそのひとつ。星は"ノチウ"という。北極星はポロノチウ(偉大な星)。北斗七星はウポポケタ。
1年を365日と考え、30日をひと月としそれが12の月分あり、残りの5日は祈りの日にあてるそうだ。

さらに驚くことには黄道十二星座と同じような考え方をアイヌは持っており、アイヌ独自の12星座を黄道上に配置した考え方は宇宙における地球の位置をはっきりと知っていたということになろう。

ainu-nochiu-2.gif

4月:クマイクシペノカノチウ(おひつじ座付近)
5月:ウライノチウ(おうし座付近)
6月:アシルペノカノチウ(ふたご座付近)
7月:エルムンプ(かに座付近)
8月:イナウルノカ(しし座付近)
9月:ホロケウノチウ(おとめ座付近)
10月:ヘウケノチウ(てんびん座付近)
11月:ホヤウ(さそり座付近)
12月:トサペウシケネウ(いて座付近)
1月:カムイルコチ(やぎ座付近)
2月:ニッネカムイ(みずがめ座付近)
3月:ロンロンナッキノチウ(うお座付近)

むかしから人間はこの世界が一体どのようになっているのかいろいろと考えてきた。
アイヌにもこの世界がどのようになっているのか昔から言い伝えられてきた世界観が存在する。
それはアイヌ垂直構造世界と呼ばれている。

ワタスはアイヌ女性に連れられて空を飛び、アイヌの垂直構造世界を一気に通り抜けている。

ainu-world-3.gif

この世はアイヌモシリ(人間世界)、人が死ぬと行く死後の世界はポクナモシリ、悪業を重ねた者達が落ちる世界はテイネポクナモシリ、どろどろの溶岩が流れている世界、ここに落ちると二度とアイヌにはなれない。
地下から上昇してウラルカント(露や霧の世界)、ランケカント(白雲飛ぶ山頂)、ニシカント(雲の領域)、シニシカント(太陽と月の空間)、ノチウカント(星々の世界)、さらにその上にはリクンカントモシリ(天の最高のカムイ)という全てが金色でできた理想郷が存在している。

金色の風がワタスの顔を撫でる。。ああ、気持ちいいっ!

ふと、気がつくと後ろで父親の声がした。
父と母は心配して車で迎えに来てくれたのだ。母の目は少し赤かった。

「ごめんなさい」素直に両親に謝った。
こんなにも晴れ晴れとした気持ちは久しぶりだった。
なんだかとても素直な自分に戻れたような気がした。


帰りの車で父親に頼みごとをした。
「朝日が見たいんだ。ちょっとだけ寄ってもらってもいい?」


阿寒湖をバックに東の空がオレンジ色に染まる。
太陽が顔を出した。
登る朝日を親子三人で見る。


ワタス達は知らないうちに手を繋いでいた。。



以上「アイヌの星」マティックス語り部バージョンでした。




2月11日(土)この「アイヌの星」で使われている音楽を担当しているリウカカントというユニットのコンサートがつくばエキスポセンターのプラネタリウムで行なわれました。
リウカカントとしては最初で最後のコンサートなのだそうでワタスもこうしてはいられないと喜び勇んで観にいきました。
しかしプラネタリウムでコンサート開くなんて発想がすごいよなあとその企画力に脱帽したのでありました。
コンサートは大盛況のうちに終り、ワタスはボーカルの床絵美さんと玄関で少しだけお話させてもらいますた。(とても嬉しかったデス)

この番組やコンサートの企画は、まいさんという酒好きの学芸員さんが日々奮闘する中で生まれたものです。
コンサートの中で番組制作の裏話を少しだけ披露して頂いたのですが、不思議なめぐり合わせがあった番組だけに関係する方々を誇らしく紹介するまいさんの姿が印象的でした。
観ているワタス達もハートに熱いものが伝わって思わず目がうるうるしてしまいますた。
本当にいいコンサート&番組でした。

ありがとうまいさん。

ちなみにまいさんのブログには星とお酒の話が沢山載っています(笑)。

参考:まいさんのブログ「マイプラネタリウム」
2012年2月12日記事「リウカカントプラネタリウムコンサートやった」
http://myplanetarium.blog107.fc2.com/blog-entry-424.html

※アンケートに「まいプラネタリウムのブログを見てコンサート知りました」と書いたのはワタスです(笑)。

さて、本日の締めはアイヌ民謡の歌い手、床絵美さんの歌で。どんぞ。

床絵美+オキ Toko Emi and Oki / サランペ Saranpe
http://youtu.be/ikIWLUWTVd0



ご精読ありがとうございました。
よろしかったらポチっと押しておくんなまし。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金