とんでも的アセンションのゆくえ-カルマ消滅?!編その5-

皆様、こんにちは。
今回は長いですんで休みながら読んでおくんなまし。
ではいきまっせ。

---【解説 -その5】------------------------------------

今回がこのシリーズの最後ということで"カルマ"について考察していこうと思いまつ。


カルマの事を語るのにまずはこの人の話を聞いておくんなまし。


ニューアース必須レッスン:『カルマと恐れを手放す』ドロレス・キャノン
http://youtu.be/DQ45Iy3rMws


このおばちゃん、ドロレス・キャノンさんといいます。
何を隠そうこの方、シドニーおちんさんと同じ退行催眠を様々な人に施し前世を聞き出してきた人なのです。

このおばちゃんによりますと、大昔から地球以外の星の存在たちは、地球の事をそれはそれは我が子のように心配していて、ここ60年くらいの間にはこのままでは滅亡してしまうんではなかろかってなことを痛切に感じておりますた。しかし、存在たちは霊的な発展途上星である地球への直接介入は絶対禁止されており、その法の前になす術がなかったそうな。


どうすっぺ?

いやいやどうすっぺよ?

みんな考え込んでしまって埒があかない。

と、ある存在がいい案を思いついた。

そんだ!直接介入するんではなく、グループを組んで地球に転生させてみっぺよ。そりなら直接介入じゃなかっぺよ。

おお!そんだ!そんだ!それがええ!


つことで、他星の魂達の第一弾がこの星に転生した(これを『第一の波』という)。ところが、地球特有の重い周波数、絶え間ない闘争と暴力、弱肉強食の生存競争の厳しさに耐えられない魂が続出した。もうこの星にいたくない者達は自殺の道を選んでしまうことも少なくはなかったそうである。

『第一の波』の存在達が過酷さの中で残してくれた開拓道を引き継いだのが『第二の波』の存在達である。この存在達は今では40代の後半から30代にかけての人々の中にいて、結婚することや子供を増やすことには何故か強い興味が湧かない傾向にあるそうだ。それでも世のため人のために何かをしなくてはという使命感みたいなものを持っている人が多いらしいのであるが、存在自体が地球の周波数を上げるのに既に貢献していることになるので特に何もしなくてもいいそうなのである(マジですかぁ(笑))。

そして『第三の波』は10代から20代の中にいる新しいエネルギーを持った人たちだという。しばしばこの世代の人達の中には生まれる前の記憶を明確に持っていたり、何かを始める前に既に物事の結果が見えたり等、特殊な能力を発揮する人が多いそうです。

これら第一~三の波の方々の総称をインディゴ・チルドレンと呼んでおり、人類の霊的な向上のために日夜汗を流していらっしゃる存在なのだそうでつ。が、しかしその中の数パーセントしか自らのお役目に気が付かないのかもしれません。なんたってトラップが多すぎますからねえ、この地球世界(笑)。インディゴさんの大半は、変わった人とか発達障害者とみなされている人も少なくありません。

で、ドロレスおばちゃんがいうことには、カルマという転生するたびについた垢はいつ落すの? 
そそそ、今でしょ!ということ(こんなことをいうから胡散臭くなるんだよなあ~(笑))。

カルマを落とすには、自分にとってどんなに不条理なことに出会っても相手を許してあげるということ。それと自分が恐れている事の真の原因を知り、それを解放してあげること。それらは今生きている今世だけの話ではなく、今世より前のいくつかの転生でついたカルマがそうさせている可能性が高いからだと指摘する。

ここで疑問なのだが、カルマという言葉を知らない人にとっては不条理なことに出会ったら当然相手を憎んだり、場合によっては復讐をしてしまう人も当たり前におるし、また自分の恐怖の原因を探ることもなく、一生恐れおののく人が大半を占めてしまうのではないだろうかということ。

"カルマを落とす方法"それはその人の人生の中で自分自身がある周波数に来た時に知るようにプログラムされているのだろうか? つうことはその周波数に来なければ一生そのプログラムは起動されない。。可能性もある。

そ~んな事をよくスピリティアル系の本やサイトではよく書かれていることなのですが、これも知る準備が必要だというのだろうか。

まあ。確かに"カルマ"がどうのとか前世がどうのとか言っても既知外扱いされるだけですからね。それも覚悟できないといけないのかも(いつもヒャッハーな人だけに教えてあ・げ・る)。



さて、ここでカルマを消すというおっちゃんの話をいたしましょう。

Dr-ishi-1.gif

石井健之助という医学博士がおられるのですが、この方は長年、恵比寿で氣の治療院をなさっていらっしゃいました(現在は残念ながら閉鎖しております)。

この先生、人のチャクラの状態には"色"(プラス)と"空"(マイナス)があるということを言っていて、カルマに影響されている人や欲や我が強い人は7つあるチャクラの状態が"色"になっている数が多いそうなのです。

カルマを消すとはそのチャクラの状態を"空"にすることによって、前世からついた垢を消すことになるそうです。


石井先生は、上野動物園へ行き、動物たちのチャクラの気の状態から霊体の進化を調査したのでありました。

7つあるチャクラの状態について動物たちをみていきますと、鳥類はペンギンとダチョウが一つ「空」があるのを除き7つの気がすべて「色」でありました。哺乳類は、カバ、カンガルーは一つが「空」で残りの6個は「色」。猫、馬、パンダは二つが「空」。犬、サルは三つが「空」。

それでは人間はというと? 一般の人は四つが「空」であったのです。

このことから言えることは、霊体の進化というものは「空」の数を増やすことにあると結論づけたのでありました。つまり、この世は、それを達成するための修行の場であるということらしいです。

ちなみに人間でも元々「空」の数が多い人がいるそうです。ユリゲラーさんは6つが「空」、細川前総理とダライラマ、さらに金さん銀さん、さらに天皇陛下は7つのすべてが「空」だと言います。

しかし、存命の宇宙飛行士は、そのすべての状態が逆転していると言います。地球から離れることによって"色"と"空"が逆転してしまうだなんてこれは結構重要なヒントだと思いまつ。

詳しくは以下 不思議研究所のサイトをご覧ください。

[ふしけんアーカイヴス:特別取材記]
カルマを消す霊的治療の医学博士
石井健之助
https://www.fushigikenkyujo.com/archives/Syuzaiki/ishii.html


『無限の力』のワークショップの前に霊能力者であるYさんの旦那さんがやってくれたというチャクラの浄化というのは、たぶん石井先生がやっているチャクラの状態を"色"から"空"に変えることと同じであると思ったのです。

つうことは、ワタスのカルマは既にあのとき消滅していたかもしれない。。だったらラッキーなのだけれど。。(笑)


この"色"(しき)と"空"(くう)について簡単に説明いたしますと、これらが登場するのは、超有名なお経であるあの『般若心経』の一節。「色即是空 空即是色」。

知らない方もいらっしゃると思いますので、
説明してくれている動画を見てまいりましょう。

般若心経. 現代語訳
http://youtu.be/E_SgUM2NhM0


えっ?!
ますますわからなくなってきたって。

さよう。。まさに禅問答でござるよ(笑)。

"色"というのは、物質といいますが、それだけでは不完全でありまして、ワタスはこの世のみえない意識世界の重力に引っ張られるものも"色"の中に含まれるのではないかと思っております。すなわち"色"というのは、物質も意識も重い質量であり、それは霊的には地球の物質世界に引っ張られるものとワタスは理解しています。

対して"空"というのは、物質ではないエネルギーの状態であり、ゼロであってもそれは決して"無"ではない。物質を離れた霊的世界に漂うエネルギーのカオス、非二元の状態それが"空"ではないかとワタスは思っております。

だから昔から宗教的な修行に励む人たちは、この世のあらゆる煩悩や欲望を捨て"空"を目指すのでありましょう。


たとえば、お金とスピリチュアル、ワタスはこの二つは相いれないものだと以前から思っております。

お金自体は、単なる物質でありまして何も問題はないのですが、お金にまつわる人間の意識(集合意識)は非常に質量が重い。ネガティブな感情や意識とリンクしやすく、この地球の物質世界に意識をとどめることになります。スピリチュアルというのは、本来人間の意識を"空"へと導くもの。しかし、そこにお金が介入すると"空"ではなくて"色"へ導くものに変わってしまうことになるのではないかとワタスは思っているのです。結局、人を癒すとうたっていながらもお金が目的となると行為自体が"色"に変わってしまう。

その昔、スピリチュアルコンベンションと呼ばれるスピ系の展示会へ行ったときに一緒に行った霊感が強い友人がここはあまり良い氣でないから近寄らないほうがいいと警告してくれました。占い師やスピ系にはお金に強い執着がある人が結構多いようで、そんな人のところへ重いエネルギー(="色")をもらいに行かないようにと教えてくれたのです。

全部が全部そういう人ではないとは思いますが、もしそういう方面の方にご相談される場合は、良い氣に包まれていて法外な金額を要求しない方にお願いしましょう。


さて、自分でもできる"色"を"空"にすることでカルマを消す具体的な方法はあるのでしょうか?


それを教えてくれた人がいます。
ワタスのブロとものシドニーおちんさんです。

2012年10月から12月にかけておちんブログ内で「未来(運命)を変える方法」講座を開きました。
すなわちこれがババシャツ脱ぎと呼ばれるものでして。。

過去の囚われた内面意識を着た自分は、ババシャツを何十枚も重ね着した自分と同じ。
それを一つ一つ解放し、1枚1枚ババシャツを脱いで次の次元世界に入っていこうというものなのです。

着込んだババシャツはカルマでありそれは"色"だとすると、一枚一枚脱ぐ行為は"色"を"空"に変えていることになるのではないかと思ったのです。

では、"色"を"空"に変える行為ってどんなものがあったかというと、過去の自分をイメージ上で思い出し、イメージ上の魂の家に連れて帰る。その際、声に出してはいけなくていくつかの単語を鏡に映ったように書いてもう一人の自分に知らせる。ことや、いくつかの質問課題についてよく考えて答えてみることなど自分の内面へ深く思い巡らすことで心の底にいる本当の自分と対話することができ、心についた垢を落とすことになるすなわちカルマを落とすことになるのではと感じました。

ただ、これらはこの世での過去の自分と対峙することで解決することでありまして、前世から生じていると思われる問題に対してはどうするのか?そして一体それをどう知るのか?についてはここでワタスが補足致しましょう。

前世から生じていると思われる問題というのは、その人の身の上に繰り返し起こってしまう問題が多いようです。過去の起こってきた事を振り返り、繰り返し起こる出来事があればそれはこの世だけでの問題ではなく前世で自分が引き起こしてきた事を気づかせるものであることかもしれません。

また、その土地や家族に起こるような問題は、自分の先祖が起こしてきた問題も含んでいると考えられるので、その土地の浄化や先祖の墓参りは丁重に行ったほうがいいと思います。特に土地にまつわるものの霊的な質量はかなり重いのでここに問題があるとすれば、自分一人での解決は難しいと思われますので良い氣に包まれている霊能力者さんにご相談されることをお勧め致します。


いずれにしてもこの物質世界に執着する様々なエネルギーを解放し"空"に帰すことが実はワタス達各人に与えられた隠れた使命なのかもとワタスは思っているのです。

ブッダは八正道にその実践を説きましたが、二元論で成り立っているこの物質世界で生きる者には中庸をとることこそ"空"に入る道であると約2千5百年前の智慧の中にその真髄が存在しております。


といってもですねー。

わかっちゃいるけどすてれけてん。。なのですよー(笑)。


中道を実践して"空"に至るとして、喜怒哀楽もあるのかないのかわからない。情もあるのかないのかわからない。面白いこともあるのかないのかわからない。



そんな世界何が楽しいの?

物質世界ってそれがあるから面白いんじゃないの?

カルマがあるからそれぞれのストーリーが存在して苦しくても楽しいんじゃないの?

と、先日お酒を飲みながら友人のKさんがワタスに語った。


確かにKさんの云うとおりなのだが、ワタス達は地球にいるからそう思うだけで、それは地球オンリーの考え方だ。

地球から外に出た時、別な面白いこともごまんと存在するとしたらどうだろうか。


地球が存在するのであれば、地球以外の超面白い惑星がこの広大な宇宙に存在しないと何故いえようか。

であればカルマを乗り越え地球を卒業したワタス達はきっともっと面白いことに熱中していると思う。


その時、ワタスは何をしているかといえば。。

。。

。。


きっと別のカラクリに満ちた世界を探求しているに違いない。






注:
おちんさんのブログを読みたい方は、ブロともにならないと読めない仕組みになっております。
下記のブログ内にブロともの申請フォームがありますので、FC2のブログを開催した後で申請をするといいと思います。

ブログ「シドニーおちんの、これが今の精いっぱい」
http://sydneyochin.blog65.fc2.com/


---【本編 -その5】------------------------------------

二つのとんでもセミナーとワークショップに参加して
ワタスのカルマははたしてホントに消えたのかどうか?

それはきっとワタスが肉体を離れた時にこそわかるものかもしれない。

しかし、カルマに対する恐怖心は以前よりも消えていた。
ワタスはそれこそがカルマが消滅した証しのような気がしている。


なに?気のせいだろうって?

スピの世界に嵌っていると迷っている自分自身もわからなくなる。。そのせいなのだろうか?

いいや、世界はカラクリに満ちているのだ。。
そしてその中を迷うことがきっとワタスの得意技なんだと思う。
迷いながらとまどいながらでも確実にちょこっとづつ真実の糸は手繰り寄せられてきているんだと感じる。

よ~く目を凝らして見えてくるおぼろげなるこの世界の点と線らしきもの。
それが少しづつ見えはじめたそんな2008年夏、"玉蔵"という裸でフンドシをしめた変なおっさんのトンデモブログに出会った。

ワタスがこのブログを始めるおおよそ1年半前である。

はたしてワタスがいるこの世界は真実なのか夢の中なのかそりがわかる出発点でもあったと思う。


Avicii - Wake Me Up (Official Video)
https://youtu.be/IcrbM1l_BoI






この世界はカラクリに満ちている。。





とんでも的アセンションのゆくえ-カルマ消滅?!編 完


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参考資料


ブログ「霊人のひとり言」
2008年4月13日記事「「空(くう)」とは!」
http://reijin32yoshi.blogzine.jp/shinsey/2008/04/post_1374.html


--- 転載開始 ----------------------------------------

「空(くう)」とは!

    この大宇宙は「空(くう)」から生まれた!

   真実の「空」を理解されていたお方は釈迦と空海のみ!

 

 「空(くう)」

 日本では仏教の根本思想である「空(くう)」とは、何も実体のないものと解釈されています。すなわち、この世界は諸行無常(一切の物心現象は必ず生滅変化し、常住不変のものはない)であり、諸法無我(万有の諸法なる森羅万象は因縁生起のもので、真に我なる実体はない)で、まことに頼りなく空(むな)しいものでしかない。

 

 人間は、五蘊(ごうん。色→物質、受→感受性、想→想像、行→行動、識→認識)が仮に和合して仮の姿を現しているもので、何処にも絶対不変の自己と謂うものはない。このように全ては実体がないから、これを「空」と言う。

 

 要するに、何処にも絶対不変の自己と謂うものはないと言うことは、魂も霊魂もないと言うことで、人間が死ぬと「空」は空でも、「空気」に帰って無くなってしまうと、解釈されています。よって、実体の無いものに拘(こだわ)ったり、執着しても仕方がないので、全ての執着心を捨てなければならない。心を「空」に、心を「無」にしなければならないとされています。

 

 禅宗を始めとしての解釈でも、心を「無」にすること。雑念を払い、心を落ち着かせて、何も考えないようにすることで、常識的な思考からの縛りを解き放ち、今まで観えていなっかった事が観えてきて、悟りを得ることが出来るというものでした。

しかし、多くの経典には、「空」の他に「無」も出てくるのです。

「空」と「無」の両方があると言うことは、この二つの語は全く別の意味で、「空」イコール「無」ではないと解釈出来るのです。

 

 「空」とは、大宇宙には存在するけれども、この三次元物質世界にはないもの。

すなわち、異次元空間(彼の世)のことであると理解出来るのです。

この三次元物質(色)は、異次元空間(空)から出現したものであり、物質(色)は何(いず)れは異次元空間(空)に戻ることになる。

 

 また、「空(くう)」と「色(しき)」は表裏一体で、異次元空間(彼の世)は何処か宇宙の彼方にあるのではなく、今此処にこの場所に既に存在していて、人間の目には見えていないだけに過ぎなくて、三次元世界(色)と重なるように異次元世界(空)は存在している。

 

 つまり、異次元世界(空)の裏が三次元世界(色)で、三次元世界(色)の表が異次元世界(空)であったのです。ですから、人間の身体(色)にも、異次元生命体(空)が重なるように存在しているのです。

 

 すなわち異次元生命体(空)とは、霊魂・魂のことであり、人間には五つの体(肉体、複体、幽体、霊体、光体)が一つに重なって生命活動をしているのです。

これが、“般若波羅蜜多心経”に出てくる「色即是空」「空即是色」の本当の意味だったのです。

 

 私の知る限りにおいて、本当の「空」の意味を理解されていた方は、釈尊と弘法大師空海だけです。他の方々は「空」とは「無」であると言う誤った解釈をしてしまっています。龍樹菩薩、善導大師にしましても「空」とは「無」であるとして、心を「空」に、心を「無」にすることなど出来ないとして、煩悩はなくならないと言う、間違った論を立ててしまっているのです。

 

 弘法大師空海は、『水波(みずわ)の不離(ふり)』の比喩として、「空」と「色」の関係について説かれています。すなわち、「海」と「波」は決して分離していません。

海の波は、現れては消え、現れては消えを繰り返しています。ですから、諸行無常と言えますので、波は何も実体がなく空しいものであると言えます。

 

 しかし、一つの波が消えても、波の実体(海水)は消えたわけではなく、海中に戻っただけに過ぎません。

つまり、海が「空」であり、波が「色」として喩えられているのです。

波(色)は、海(空)の仮の姿ではありますが、海(空)があればこそ、仮の姿である波(色)が生まれるのです。海(空)がなければ波(色)も生まれません。

 

 すなわち、三次元物質世界(色)は、異次元空間(空)の仮の姿ですが、異次元空間(空)があればこそ、仮の姿である三次元物質(色)が生まれます。異次元生命体(空)がなければ人間(色)も生まれません。

要するに、魂・霊魂がなければ、私達人間は存在出来ないし、此の世に生まれることもないのです。

 

 現代の日本仏教界の多くの仏教者(僧侶、学者)は、釈尊は霊魂を否定されていると思い込んでいます。一切教(大蔵経)を見ても、ほとんど霊魂のことは説かれていないと謂うのが理由です。しかし、インドの宗教観を観れば理解出来ることです。

太古から、インドでは人間には霊魂があることは、子供でも知っている超常識で当たり前のことで、わざわざ霊魂の存在を説く必要は何処にもなかったのです。

 

 古代インドでは、霊魂のことを「アートマー」とか「アートマン」と呼ばれていました。

もしも、釈尊が「人には魂があり、その魂が輪廻するのです」などと説いてしまえば、その時点で子供にまで馬鹿にされて、信用を失ってしまいます。

 

 ですから、経典に書かれていないからといって、釈尊は霊魂を否定されてはいません。その証拠に、人は亡くなると輪廻の世界に入ってしまう、輪廻から解脱しないと永遠に苦しみから逃れられないと説かれています。

 

 それでは、一体何が輪廻すると言うのでしょうか?

霊魂否定派は、心(潜在意識)が輪廻すると言います。

その心を仏教では「阿頼耶識(アラヤシキ)」と名付けています。

 

 その心とは、何でしょうか?

心は脳が創り出していると言いながら、脳が死んでも心が残るとは、何とも矛盾した考えで、支離滅裂です。

 

 また、弘法大師空海は『金莊(きんそう)の不異(ふい)』の比喩でも、このことを説かれています。金莊とは黄金の装飾品のことで、金(きん)と言う金属と黄金の装飾品は不異(異ならず、別の物ではない)。すなわち、金属である金(ゴールド)がなければ、黄金の装飾品は存在することはあり得ない。

 

 黄金の装飾品の本体は金属の金(ゴールド)であり、黄金の装飾品は金属の金(ゴールド)の仮の姿に過ぎない。つまり、金属である金(ゴールド)が「空」であり、黄金の装飾品は「色」として喩えているのです。

 

 金莊についての喩え話をしたいと思います。 

ここに純金製のネックレスがあるとします。これを「ネックレス嬢」と名付けます。そこへ僧侶が現れて『君はそんなに輝いているが、死んだら何も残らないんだよ。人生は空(くう)であり、虚(むな)しいものさ』と説教をされました。

 

 やがてネックレス嬢は死にました。

死んだら何も残らないと教えられていましたが、ネックレス嬢は自分が溶かされて、金塊(きんかい)にされていくのを感じていました。その時になって初めて、あの僧侶の話が出鱈目(でたらめ)であったことに、ネックレス嬢は気付きました。

 

 死んで金塊になった姿、これが自分の本来の姿(霊体)であり、ネックレスは人間界での仮の姿に過ぎなかったことを悟ったのです。

 

 そしてしばらくすると、金塊はまた溶かされて型に入れられブレスレットに加工されました。今度は「ブレスレット嬢」として、人間界に生まれ変わることになったのです。

金塊に戻っていたかつてのネックレス嬢は、これが「転生」と言うことなのだと初めて理解したのです。「ネックレス」も「ブレスレット」も仮の姿、自分の本体は「金塊」。

すなわち、金属の金(ゴールド)であり、ここに永遠の自己、真実の自己があることを発見したのです。

 

 『金莊の不異』の喩えが指し示すのは「転生輪廻」の真理で、ネックレス嬢とブレスレット嬢の喩えからも解かるように、「純金」と「装飾品」との関係は、人間と謂うものは生まれ変わり死に変わりして行く存在であり、永遠に続く生命の本体は各自の「霊体」であることを教えているのです。

 

 ところが、「空」を「実体がないこと」と定義してしまった仏教者たちは、「輪廻転生」まで否定してしまうと謂う過ちを犯しています。

 

 しかし、『水波(みずわ)の不離(ふり)』や『金莊(きんそう)の不異(ふい)』の喩えをよく考えれば、霊魂こそが実体であり、人間としての姿、肉体、心(頭で思考する意識)は仮の姿であることが理解出来ると思います。

 

 釈尊は「生老病死」の四苦を観じて「四苦八苦」の「因縁」を悟り、因縁を知ることによって「苦しみ」の解決を結論付けました。苦源が因縁であり、因縁から苦が生じた、とすれば因縁の元は苦源の因と同じであり、苦の源は元々一つで、これさえ探し出せば問題は自(おの)ずから解決出来ると考えられました。

 

 この「因」とは何か?

これは全て「無明」、すなわち愚かさから生ずる。この愚かさこそ因縁の「因」であり、苦の「源」であると説かれ、「無明」を因縁の筆頭に揚げて「縁起法」の体系を立てられました。この「無明」から「老死」に到る『十二因縁』は釈迦仏教の根本思想であり、「三世両重」と言って過去、現在、未来の三世にまたがっています。つまり、輪廻転生を大前提に説かれているのです。

 

 ところが、多くの日本の仏教者は「空(くう)」を間違って解釈してしまったが為に、釈迦仏教の根本を見失っています。霊魂の存在を否定してしまったら、釈迦仏教はもぬけの殻になり、その存在意義を失ってしまいます。

 

 「空」は広い意味では、神秘的な実相世界(異次元空間)のことですが、人間ひとり一人について言えば霊体です。この霊体と肉体は、表裏一体の関係にあります。

そして霊体は肉体の死後も存在し続けます。

「空」は「実体のないもの」という解釈は完全に間違いであり、真理世界の「空」は「無」に通じる「空」ではなく、「実相」に通じる「空」なのです。

 

 著名な宇宙物理学者ホーキング博士は、この大宇宙は十一次元から構成されており(私の考えでは、もっと多くて最低でも二十次元はあると思っています)、数億光年の彼方にある星にも瞬時にして行くことが可能であると示唆しています。しかし、瞬間移動出来るのは、この肉体ではなく霊体であることを仄(ほの)めかしています。

科学でもここまで解明されてきていますので、三次元世界の感覚では捕らえ処のない霊体・霊魂も、いつの日か存在を証明出来るようになるでしょう。

 

 さて、釈尊は因縁を断ち切るにはどうすればよいかを考え、「苦集滅道」なる「四諦の法」によって、苦因・苦源を断ち切ることだとしました。「四諦の法」の「道」とは「八正道」であり、この「八正道」を行うことによって、苦因・苦源を断ち切ることが出来ると説かれたのです。

 

 

 以上で解ることは、この世界(三次元世界)の実相は「空(くう)」であり、この目で見えていて触ることも出来る物質、すなわち「色(しき)」と謂うものは「空」が形をとっているに過ぎない仮の姿(仮相)だったのです。

つまり、この世界はホログラフィーに過ぎなかった、と謂うことです。

 

 このホログラフィック理論を詳しく書かれてある書籍がありますので紹介します。

投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待 投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
価格:¥ 2,940(税込)


備考: 十二因縁(十二縁起)

「無明」―無智の状態
        過去世の原因

「行」  ―無智による行動
        過去世の結果

「識」  ―無智による心の状態
        過去世の結果&現在の原因

「名色」―心が作用する六器官、六境(色・声・香・味・触・法)
        現在の原因

「六処」―身体の六器官(眼・耳・鼻・舌・身・意)
        現在の原因

「触」  ―心が対象と接触、遭遇
        現在の原因

「受」  ―心と身体が感じ取る
        現在の原因&現在の結果

「愛」  ―愛着が生まれ欲望が出て来る
        現在の結果

「取」  ―執着の為に欲望が消えない
        現在の結果&来世の原因

「有」  ―執着の為に起きる結果(業・カルマ)
        来世の原因

「生」  ―輪廻転生、苦悩の始まり
        来世の結果

「老死」―無智の為に起こる未来の苦悩(老・病・死)
        来世の結果

 

十二因縁については以下の過去ログで詳しく書いていますので、そちらをご覧下さい。
   http://reijin32yoshi.blogzine.jp/shinsey/2007/04/post_9868.html

--- 転載終了 --------------------------


長い資料ともどもご精読ありがとうございました。 

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 コメント

Re: momotubakiさん、どうもです。 from マティックス

momotubakiさん、どうもです。

問題にもよるかもしれませんが、もし人間関係でしたら、立ちはだかる人間をイメージして、小さくなるペンビームのようなものを当てその人を小さくして光りのカブセルの中に入れます。そして明るく「あなたの役割は終わりました。ありがとう、さようなら~」といって遠く彼方へ打ち上げるイメージを描くといいと友人から聞いたことがあります。

ワタスの場合は、難しい問題にぶち当たると「この問題は認識した。学びはすべて完了した。」と言う自分自身を意識しながらその言葉を聞きます。

そして、その問題全てから離れるイメージで意識を一旦別なものに移します。しばらくすると問題が完了の方向に動いていくことが多いです。

とまあその他にもいろいろあるのですが、とりあえず基本系をやってみてくださいまし。


ではでは。

マティックス

from momotubaki

マティックスさん、丁寧にありがとうございます。
同じような問題が何度も起こるので、もうこれはカルマなのだろうと思っています。
イメージ作りが潜在意識に働きかけるという感じですかね。
ごめんなさい。ゆるしてください。。。ってホ・オポノポノと同じ感じですよね。
おちんさんブログでも取り上げられていたのに真面目にやっていませんでした。
頑張ってみます。解決へのヒントをもらえた様で嬉しいです。ありがとうございました。

Re: ようこそ! from マティックス

momotubakiさん、ようこそ。こんにちは。

おちんさんのところから来なすったのですね。
大歓迎でございます。

魂の目的を求めていらっしゃるのですね。
でも、なかなかその目的がわかっている人はいないんではないかなとワタスは思うんです。

魂の目的を求めてさまようことも目的の一つであったとしたら今がまさにその目的なのではと思います。

カルマ消しをする際に重要と思われることは、前世を含めた自分が行ったことへの謝罪とカルマが消えてゆくというイメージを創り上げることのようです。
実はそのイメージを創り上げることが、実世界へ大きな影響を与えることになるみたいです。

momotubakiさんが思い描くイメージこそmomotubakiさんのいる実世界へ強い影響を及ぼすことになる。

囚われや恐怖を中和し緩和させるイメージに変換がかかれば、momotubakiさんのいる実世界が少しづつ変わっていくと思います。

大丈夫。前世聞いても驚かない人間がここにもいますから(笑)。

では頑張ってくださいね。


マティックス

from momotubaki

こんばんは。おちんさんブログから来ました。魂の目的を求めてさまよっています。
「色」「空」のお話。大変興味深いです。カルマに囚われ、手放すのが難しく苦労しています。一つ前の記事のカルマを無くす方法実践してみます。
うかつにも友人に前世の話をしてしまい、どん引きされたので凹んでいましたが少し元気でました。ありがとうございます。

管理人のみ閲覧できます from

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re:のんびりやりまひょ from マティックス

みけーらさんどうもです。
そうです、自分のペースでボチボチやるのが一番ですよ。
といっているワタスも最近自分歳とったなあと思っています。やーね(笑)。

from みけーら

マティックスさん、コメントありがとうございます☺まだまだ紆余曲折、ボチボチやります。このごろは、早く結果をみることが良いわけでもないんだと思えるようになりました。年、とったんですね〜(泣)

Re: あるがままの如し from マティックス

みけーらさん、こんにちは。

>原因はあなたにあります?なんだそりゃ?手放す?んなアホな!だったです。
>どんどんがんじがらめになって、ようやく自分に向き合う。ってことは何かい?あたしが降伏して、
>百歩譲って「あたしが悪うございました!ハイハイ、手放しますよ!」と言えばいいんかい!?
>とまあ、素直でないこと(笑)往生際が悪いので、なかなか新展開を見られない。

なんかその気持ちよくわかります。
原因?私?って何よ?
執着?手放せってどういうこと?

こんな感じになりますもんね。
みけーらさんもいろいろ暗中模索の時期があったのですね。
誰もが通る道なのかもしれませんね。

おちんさんの実践方式は、あるところまでは有効なのかもしれないのだけれど、
ある時点からはその方法を捨てないとその先にいけないのかもしれない。つうことは自分の感覚でいいのだと思います。

なので、みけーらさんのその感覚ってみけーらさん自身に一番合っている感覚なのでそれで正解なんだと思いますよん。

Re: タイトルなし from マティックス

鍵コメさん、ありがとうございます。
お茶会に是非きてくださいまし。
その時にいろいろお話いたしましょう(笑)。

楽しみにしております。

マティックス

from みけーら

こんにちは!マティックスさん!ブログを読ませていただきました。カルマの解消とか、魂の目的とか、私もこの問題の中に、長らく彷徨い続けております。幼少より実家の嵌る宗教団体に所属し、大事な中高学生時代をそれに捧げてしまった私が初めて自分の意思でその団体と決別し、自己探求に専念した時を思い出します。で、未だに、なんだかな〜な状態でして。正直、今の心境は、『とりあえず、今のままでいいんでない?』であります。っていうか、いろいろ考えて、疲れちゃった!な感じも。わたしもかつて、いろいろなセミナー、行きました。もっと深く関わればいいかと、スピ系の会社(!)に就職してみたり。で、何か変わったか?というと、変わらんのです。だって、原因と結果、すべて、外側に求めていたわけですからね。苦しいと、それから逃げたいがために、がむしゃらになる。自分を省みることが実に難しい。原因はあなたにあります?なんだそりゃ?手放す?んなアホな!だったです。どんどんがんじがらめになって、ようやく自分に向き合う。ってことは何かい?あたしが降伏して、百歩譲って「あたしが悪うございました!ハイハイ、手放しますよ!」と言えばいいんかい!?とまあ、素直でないこと(笑)往生際が悪いので、なかなか新展開を見られない。ブログにもありました、おちんさんの実践法。あれも以前、別の講師に似たようなセミナーで実践してみたことあるのですが、成果を感じられず。なので、妹からおちんさんのカルマを解放する方法を薦められても、なかなかその気になれませんでしたです。でもまあ、なんとか挑戦して。中途半端かもしれませんが、私なりにちょっと見えた?みたいな。劇的に変化があったわけではないですが、納得したわけですね。で、次に私の胸にあったのが、『いいんでない?今のままで。』でありまする。急ぐのをやめて、しばらく、このまま。もしかしたら、そのうち、状況が変化するのを待ってみたい。私が魂の目的やカルマの解消を実感するのは、一生かけて、ゆっくりかも、なんて思います。

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Re: こちらこそ感謝です。 from マティックス

>まさしくそのような方に出会えるということが幸せですね。スピ系でもなく、師匠でもない所が本物だとお察しします。

振り返ってみるとワタスの周りにはスピ系ではないけれども人間力のある方が多かったのかもしれません。そういう意味では実に幸せ野郎だったと思います。
歳をとって振り返ってみてようやくそれに気がつく。。数々の心の師匠の皆様にワタスは感謝せねばなりませんね(笑)。


>私も本人からは友人扱いされております。

哲学を語れる間柄ってとても素晴らしいと思うんです。今の世の中なかなかそこまでにはなれませんもの。
これからもそのお師匠さんと良き関係であることを祈っております。

早速のコメント返しありがとうございます。 from ギャラリーオーナー

ワタスにもお師匠さんと呼べるかどうかわからないのですがある種の哲学を教えてくれた方がおりました。
その方はスピ系の世界とは全く関係ない方でございましたが、ことあるごとに人生の格言ともいうべき教えをチョロチョロっと小出しのように言ってきかせてくれました。

その方がいう教えの一つに、"この世で自分が幸せにするのは自分一人しかいない"というものがありました。


まさしくそのような方に出会えるということが幸せですね。スピ系でもなく、師匠でもない所が本物だとお察しします。私も本人からは友人扱いされております。

Re: ありがとうございます! from マティックス

こんにちは、ギャラリーオーナーさん。
いつもみていただき感謝です。

おお、ギャラリーオーナーさんのお名前の中に中庸の"庸"の字があるのですね。
親御さんの深い愛情がじ~んと伝わってきますね。素晴らしいご両親様ではありませんか。

うちの親は自分では決められない症候群の人達だったのでワタスの名前付けを叔父に預けたんです。
でもそれはそれでよかったと思います。役回りが回ってきた叔父は張り切ってワタスの名前を付けてくださいました(笑)。


>私はかれこれ20数年自分のカルマやら恐れやらに向き合うための師に付いておりますが最初に言われたことは、「この世界でお金を取る人は決して信用してはならない」ということです。

ギャラリーオーナーさんにはお師匠さんがいらっしゃるのですね。
最初にそう言ってくださるとは、なかなかの人物でございますね。


>自分自身は非常に軽くなりましたが、いまだに家族を幸せにすることができず、ましてや誰かを癒すことなどできません。そのことは申し訳なく思っていますが、元来怠け者で申し訳ないとは思いつつ仕方がないとも思っています。

ワタスにもお師匠さんと呼べるかどうかわからないのですがある種の哲学を教えてくれた方がおりました。
その方はスピ系の世界とは全く関係ない方でございましたが、ことあるごとに人生の格言ともいうべき教えをチョロチョロっと小出しのように言ってきかせてくれました。

その方がいう教えの一つに、"この世で自分が幸せにするのは自分一人しかいない"というものがありました。

家族を持てば、家族を幸せにしたいと誰もが思い抱くと思うのですが、家族と言っても個々の意識&考え方にある幸せの定義はそれぞれ違いますし、"幸せにする"ということである種の縛りを自分と家族全員にかけることになってしまうのではないだろうかと言っておりました。
また家族を幸せにするために何かや誰かを犠牲にするようなことがあれば、それこそその因果は家族全員にふりかかるであろうと。
そんなことを考えなくても自然と各自自分の幸せは自分で考えるようになり、暖かくそれを見守ってあげるだけで十分であると語っていますた。
これを聞いたのは随分昔のことだけど今思い出しても新鮮な言葉だと思います(ってそりはワタスが歳とったからですな)。

実はワタスも全く同じ怠け者くんだすよ(笑)。

面白かったです。 from ギャラリーオーナー

こんにちは。いつも楽しく拝見しております。何を隠そう私の名前は中庸の庸からいただいております。しかしいつも極端に走ります。親は子の名付けにおいて、その子の最も苦手とする事に注意を向けるような名付けをするらしいです。さて、私はかれこれ20数年自分のカルマやら恐れやらに向き合うための師に付いておりますが最初に言われたことは、「この世界でお金を取る人は決して信用してはならない」ということです。私は師にお金を払ったことは1度もありません。あまりにも大きすぎる荷物を持っているので、気の毒に思われているのかもしれません。自分自身は非常に軽くなりましたが、いまだに家族を幸せにすることができず、ましてや誰かを癒すことなどできません。そのことは申し訳なく思っていますが、元来怠け者で申し訳ないとは思いつつ仕方がないとも思っています。これからも面白いお話を書いてください。ちなみに私はチャクラの色やオーラなどぜんぜん見えません。悔しいですが仕方がありません。

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