窮屈な籠 ~事件と歴史と身の回りから学ぶこと~

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皆様、こんにちは。
春ですねえ。桜も咲きだしました。
ここ東京では既に満開で、上野公園や浅草では各地からの観光客で溢れておりました。見ごろは今週から来週前半みたいですが、皆様はお花見いかれましたでしょうか。

さて、そんな春めいている気分とは一転、今年になってから国外、国内問わず、暴力事件が続出しております。国外をみればISIL(イスラム国)等の過激組織による日本人殺害事件を筆頭に最近でもチェニジアの博物館襲撃事件が記憶に新しいですが、一方、国内では川崎の中1男子殺害事件が凄惨な事件として大きくメディアで報じられております。その残虐性は、1989年東京足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件を思い出させるような胸糞の悪さです。

暴力が今、ワタス達の身近な出来事になりつつある。
いつ自分と自分の身の回りの人々がそれに巻き込まれるか。。まあそんなことはあまり考えないようにしたいですが。。

今回は、それら暴力事件の元祖とも言うべき事件を取り上げて、人間の異常心理が起こす問題を考えてみようと思います。

今回の記事には一部気分を害する内容があるかもしれませんので、この手の内容が苦手な方は、回避されることをお勧め致します。


読んでもいいと言う方のみハニワくんをクリックしてください。
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昔、ある本でこのような記事を読んだことがある。

トノサマバッタのようなバッタ類を狭いカゴの中で大量に飼っているとバッタ類のホルモンバランスが崩れ、いつしか羽の色がドス黒い獰猛な軍隊バッタとなってしまうそうだ。アフリカ諸国でよく発生する蝗害(こうがい)は、このような軍隊バッタ=トビバッタが群れをなし、水稲や畑作物に限らず、あるものすべてを食べ尽してしまい、その後深刻な食糧不足や飢饉をもたらす。高気温、降水量でバッタが集中して発生する時になりやすいそうだ。狭い場所で窮屈な状態でいると狂ったバッタの群れが誕生する。



人間においても同じようなことがいえるのだろうか?


1971年から1972年にかけて連合赤軍が起こした山岳ベース事件。
今、2008年に映画化された「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観てその事件の異常性を再認識している。

連合赤軍といえば、あさま山荘事件が有名であるが、その直前には凄惨なリンチ殺人が行われていたということを憶えている人がどのくらいいるであろう。

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「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」予告編
https://youtu.be/r89FY14Ax38



山岳ベース事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B2%B3%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E4%BA%8B%E4%BB%B6
*--- Wikipedeaより転載 -----*

1960年代以前の日本では学生や労働者による政治運動や政治活動が盛んであった。そんな中、学生を中心とした新左翼諸派は、1967年頃より急速にその活動を先鋭化させていった。新左翼の過激な闘争は当初社会の注目を浴びたが、一般市民は次第に彼らの運動に賛同しなくなっていく一方で、警察は新左翼に対してより強硬な姿勢で臨むようになり、そうした時流や風潮に納得できない一部の若者たちは、より過激な活動を行うようになった。

その中でも最過激派の代表格が、1969年9月に公然と登場した共産主義者同盟赤軍派、及びほぼ同時期に過激な闘争を開始した日本共産党(革命左派)神奈川県委員会(京浜安保共闘)で、同年10月の国際反戦デー闘争や同11月の佐藤首相訪米阻止闘争で新左翼主流武闘派や全共闘が壊滅し政治運動が穏健化する中、彼らはハイジャックやダイナマイト闘争などを行い、その活動をより先鋭化させていった。

1971年に入ると、革命左派は銃砲店を襲撃し銃で武装するようになり、赤軍派は金融機関襲撃による資金獲得を行うようになる。彼らに対する警察の取り締まりは一段と厳しくなり、また革命左派や赤軍派も警察に対して「殲滅戦」(殺害)を企てるようになっていった。一方、この頃から中核派等の新左翼主流派勢力やノンセクト・ラジカルも過激な闘争を復活・先鋭化させるようになり、交番爆破や東峰十字路事件のような機動隊員の殺害事件も起こるようになった。

1971年に入って共闘関係を結ぶようになっていた赤軍派と革命左派は、やがて「連合赤軍」の結成を宣言したが実態は無く、その一方で両派とも警察の厳しい追及によって活動に行き詰まっており、「殲滅戦」においても他党派に遅れをとるようになっていた。
両派は事態を打開するため共同の軍事訓練を行い、指導部会議を重ねていたが、その最中、「総括」と称するリンチで短期間に30名弱のメンバー中12名を殺害し、自ら組織を弱体化させたのが「山岳ベース事件」である。その後、その残党である5名が長野県軽井沢町の別荘「あさま山荘」に立てこもり、警察と銃撃戦を繰り広げ、警官2名と民間人1名を射殺する「あさま山荘事件」を起こすことになる。

なお、1971年8月には革命左派において山岳ベースを脱走したメンバー2名を「処刑」する印旛沼事件が起こっており、同志殺害という一線は既に越えられていた。当時、この事件は両派幹部内での秘密であったが、革命左派の被指導部メンバーには「処刑」に感づいていた者がいたとされている。

*--- 転載終了 ----*


60年安保闘争が次々と終結する中、世界革命戦争をうたう赤軍派は、独自の爆弾闘争で国会占拠を目論見、その準備中公安による幹部の一斉検挙に遭い、弱体化を恐れて革命左派と手を組み連合赤軍を結成する。その時に主要幹部にのし上がったのが森恒夫である。

武力闘争による国家権力との殲滅戦を乗り切るには、個人個人の共産主義化が必須である。」映画の中で多く語られている森恒夫の言葉である。

"個人個人の共産主義化"ってどういうことなのだろうか?

たぶん、それは命令のみを忠実に行う非情で冷酷な血も涙もないようなロボット兵士のことを言うのだろうと思うが、それでは共産主義の世界ってそんな世界なのだろうか?
そんな非人間的な世界を果たしてリンチで死んでいった人達は目指していたのだろうか?

否だと思う。

彼らが目指していたものは、当時権力体制の打倒であり、その後の世界の話など全く考えもしていなかったと感じる。人民を救う目的が革命と称しながら、血が通っていない世界の実現へ向けて自身を破滅(バースト)させてしまったのだ。


中国の文化大革命しかり、ソ連、スターリンによる大粛清しかり、カンボジア、ポルポト政権下の大粛清しかり、互いに殺しあうのが歴史からみる共産主義革命のようだ。それは、共産主義と言う名の独裁体制が出来上がるからであり、ナチスドイツとなんら変わりのない全体主義だ。


そこでは、まったく身勝手な論理が横行し、それに批判、反論した段階で処刑が待っている。


このプロセスは、"いじめ"となんら変わりがない。

今年、川崎の中1男子殺害事件も1989年東京足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件も独裁者の論理から逃れられないようにして処刑する。独裁者からの制裁が恐くて誰一人止めるものがいない。独裁者に協力しなければ、明日は我が身となるから犯罪に加担せざる負えなくなる。

これはまさに精神的に閉鎖された窮屈な籠であろう。

窮屈な籠のなかのバッタが獰猛な軍隊バッタに変化してしまうように独裁者を中心とした暴力集団が出来上がる。今問題となっているISIL(イスラム国)もオウム真理教のような狂信的なカルトも小さい大きいにかかわらず皆同じなのだ。



しかし、このような犯罪心理に近いことは、日常的にも十分ありえることなのかもしれない。一般的な組織、つまり会社の中でも暴力はなくても精神的な嫌がらせなどはありえるのではないだろうか。

身勝手な自己基準から他の人を批判、批評し、エスカレートすると排除の方向に持っていく。。

連合赤軍がやっていたように"総括"という名の自己反省、自己批判、名称は変わっても同じようことをやっている会社が多いのではないだろうか。

会社体制に協力しなければ首を切られるから何か間違っていると感じつつも会社に協力せざる負えなくなる。

これもまた精神的に閉鎖された窮屈な籠であろう。

もし自分の所属する会社や団体の中がこんな状況であれば、まずご自身の精神の健康が保たれるかどうかを慎重にチェックしてご判断されたほうがよいのではないかと感じる。

時には"NO!"という勇気、あるいは、その事態を受け入れるけども従わない姿勢が必要なのかもしれない。

今までの日本人の多くが触れることを避けてきたことではなかっただろうか。。

映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」の中で当時18歳だった加藤倫教が泣きながら叫ぶ。

「俺もあんたも勇気がなかったんだよ!」と。

これはすべての人に投げかけているのではないかと感じた。




各事件で犠牲となられた方のご冥福をお祈りいたします。

合掌。


友よ
https://youtu.be/tpZcZGgmQXM



友よ

作詞:岡林信康・鈴木孝雄
作曲:岡林信康

友よ 夜明け前の闇の中で
友よ 斗いの炎を燃やせ
夜明けは近い 夜明けは近い
友よ この闇の向こうには
友よ 輝く明日がある

友よ 君の涙 君の汗が
友よ 報われる その日が来る
夜明けは近い 夜明けは近い
友よ この闇の向こうには
友よ 輝く明日がある

友よ 昇り来る朝日の中で
友よ 喜びを分かち合おう
夜明けは近い 夜明けは近い
友よ この闇の向こうには
友よ 輝く明日がある



ご精読ありがとうございます。

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 コメント

Re: みらさん、ありがとうございます! from マティックス

みらさん、こんにちは。

寒くなったり暖かくなったりとこの時期体調管理が難しいですね。
みらさんは風邪など引いていませんか?

そうなんですよ。
引っ越ししてからおおよそ1ケ月ほど過ぎたのですが、まだ自分の城にするまでは時間がかかりそうです(笑)。
今回は近場なんですが、あと2~3年したら全く違う場所への引っ越しも目論んでいます(できるといいな)。

さて、今回の記事ですな。
連合赤軍というとあさま山荘事件が有名なんですが、あの事件の数日前にそれはそれは背筋も凍るリンチ殺人を引き起こしていたということなどよく知らなかったもんで。
先日たまたまビデオ屋さんで手に取った映画ビデオを観てわかりました。

浅間山荘事件って大きな玉で家をぶち壊しているイメージがあまりにも強くて一体何の事件なんだか全く覚えていなかったんです。

そもそも当時の学生運動とは何であったのかということ自体もあまりわかってなくてなんともお恥ずかしい。

いろいろ調べていくうちに変な大儀に縛られている意識の籠の中で凄惨に殺しあう人間の醜さが存在していたということ。
これは昔の話しではなく、形を変えて現れてくる身近な事象なのではないだろうかと思ったのです。
そこから今のイスラム国や戦争の話へ続くわけですが、大きな事件の裏には人間の醜い習性をうまく操作する人々がいる場合もあるということと、平和ボケしている今の世の中で実は底辺で進行している意識の籠化を知ってほしいと思いまして。自分や自分の周りは大丈夫と思っていても安全か危険かは本当に紙一重なんだということも含めて。

考え過ぎはいけませんが、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」これオットー・ビスマルクの名言ですな。

おおっと!この言葉が書かれていた熱海の風雲文庫が懐かしいでっす。

>ところで、マティックスさんにお薦めのご本がありますww。
>「一生お金に困らない生き方」by-心屋仁之助(こころや ぢんのすけ)

ありがとうみらさん。ぢんのすけちゃんの本今度じっくり読んでみますよ。

次回の記事近日中にアップします。
お楽しみに。

ではまた。

マティックス

無事お引越しおめでとうざいます! from みら

 桜もさっさと散ってしまい、てんびん座満月グランギニオン(月蝕)の影響か、自分の立ち位置も進む方向もわけわかめで茫然自失のみらですww。
 マティックスさん、無事にお引越しを完了されたそうで、良かったですね!これからの増々のご活躍をお祈りいたしマンモスww。
 ところで今回の記事はなかなかヘヴィーざますね。浅間山荘の事件の時、私は小学2年生で、普段昼間からTVをつけないウチが、ずっとTVをつけていて、珍しいこともあるもんだなと思っていたのを思い出します。例の機動隊突入のシーンは生中継され(今風にいうとLIVE映像ってやつですね)、全国の人々が固唾を飲んで見守る中、突入隊が見たのは凄惨なリンチ現場と化していた民宿と、雪解けの後に現れた累々の死体だったそうですね。
 いやもうね、詳しいお話は聞いてませんが(リンチの内容など)イヤンだったのはリーダーの名前ね。

 漢字違うけど、苗字が同じねワタスの本名と(-ω-;)。

 少し前に、死刑囚となっていた連合軍の元リーダーが獄中で脳腫瘍を患っているのにも関わらず、治療を受けさせていない、と人権団体が抗議しているとの話を聞きました。恐らく彼女はまだ存命とは思いますが…。亡くなればニュースになると思うので。

 マティックスさんが今この話を取り上げられたのは、去年おととし辺りから急に頭をもたげ始めた、恐らくABに憑りついてる雨国に巣くうう〇こ星人が、いよいよ世界を二度と立ち直れぬ大戦へと導くために、姿を現し始めたからなのかな、と思ったりしてます。

NO!という勇気、とても大事。言えるようになれるかなぁ…。

 ところで、マティックスさんにお薦めのご本がありますww。

「一生お金に困らない生き方」by-心屋仁之助(こころや ぢんのすけ)

 マティックスさんがお金大好きなら一度読んでみて下さい。いわゆるハウツー本ではありませんが、目から鱗ですwww。

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