介護

皆様、こんにちは。
2月の節分、ワタス楽しみなんです。
なぜなら、節の変わり目であるからです。

今までのものから新しいものへ変わる点それが節分。
今年はいつになくそれを感じます。

さて、本日はワタスごとの話で失礼いたします。
ワタスの母親の話を書いてみたいと思います。

しばしお付き合いくださいまし。

せば。


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2014年5月の連休

ワタスは母親を父親の墓参りに連れ出した。
ここは文京区駒込にある小さなお寺。
このお寺を選んだのは母親だった。
都会にあって田舎のような佇まいがとても気に入ったらしい。
小さいながらも造園整備が行き届いていて、綺麗なお花が所々に咲いている。
お寺の真ん中には樹齢150年を越えた巨大な桜の木があって四方八方に枝を伸ばしている。

新緑の香りが心地よい風に乗って漂っていた。

母は手を合わせて父が入っている合同塔に向かってこう語りかけた。

「お父さん、もうここには来れないからね。あとは私がそちらへ行くときに迎えにきてね。」

ワタスは少し驚いた。ここに来た意味も母は全てわかっていたのだ。


ワタスの母親は小脳が縮小するという国指定の難病にかかり、
6年間の闘病と3回の入退院を繰り返すことを経て
介護施設への入所が決まり、父親への報告と別れを言いにここへ来たのであった。

ワタスは自分の母親への介護について本当にこれで良かったのだろうかと
考えることがよくある。

ワタスは母親の性格を考えた上で身体が動けるうちは今まで通り自立した
生活を続けさせることにした。

それは、父親がお世話になったある方からのアドバイスに従ってのことであった。


一緒に暮らすことだけが介護ではない。
お母さんは一人暮らしをしているなら生活すべてがリハビリなんだよと。

そもそも君が一緒に暮らすことでお母さんができることをやらなくなってしまうだろう。
まして一人身の君自身が潰れてしまう可能性だってあるんだ。
そうなったら二人とも潰れてしまう。そのリスクは絶対避けるべきだろう。
今までどおり自分で生活してもらって週末に様子を見にいくようにしなさい。
これから一つづつできないことが増えていくかもしれないが
ギリギリまで一人で生活させなさい。

日本と言う国は介護保険という素晴らしい制度がある。
これを活用すれば、自立した介護ができるんだよと。


そうアドバイスをもらい、母親の介護保険の適用を受け、介護の体制を整えた。

ケアマネージャー、ヘルパー、訪問看護士、訪問看護医、理学療法士、介護用具専門士、デイサービス、福祉事務所、お弁当屋、新聞屋、大家さん、etc

いろんな人が毎日入れ替わり立ち代わり母親のアパートへ行く、
ワタスも週末の昼には必ず立ち寄り、母親が作った料理を一緒に食べる。
そして1週間分の話を聞く。

3ケ月ごとに大学病院で検査と診療。6年間で3回の入退院。

病気の影響で徐々に料理ができなくなる。それでも電子レンジでチンするものを活用して頑張る。

箸がもてなくなったので先割れスプーン(なつかしー)で食事。

身体の震えがでるようになる。そろそろ限界かな。。

本当によく頑張ったね、おふくろ。



「お母さんを施設へ入れることの検討に入ったほうがいいです。」

大学病院で主治医からそう言われた。

「君も長い間、大変だったね。よく付き添ってくれていたね。」

その一言にホロリと来た。
先生、こんなところで泣かせないでよ。母親が側にいなかったら号泣してるよ。ホント。


2013年秋に区内の介護施設を見学に行く。

驚いた。

老人にまるで生気がない。
そこは介護度数が要介護3~5の重度の方ばかりであったためかもしれない。

しかし、なぜかあの光景を見た時、涙がこみ上げてきた。


こんなところに母親を入れていいものなのだろうか。。

ワタスの脳裏に映画「エクソシスト」のカラス神父の心境が浮かんできた。

「おまえは何で私をこんなところへ入れたんだい?」
カラス神父の母親がカラス神父へ問いかける。

あの言葉はワタスの心に突き刺さって離れなかった。


2014年の年明け、区の福祉事務所から区が提携している土浦市にある施設を紹介された。

とても良い施設だと感じた。
充実した施設の内容もさることながらそこにはなにより活気があった。

利用者さん達の笑顔がすべてを物語っていた。

でそこにお願いすることにした。


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2014年5月の連休

父親の墓参りの帰り、白山にあるワタスのお気に入りのカフェへ連れて行った。

香り高い珈琲には小さな四角い板チョコが添えられている。

それを食べながら珈琲を啜る母親はこれから行く施設への不安を率直に語った。

当然だろう、40年も暮らしていた東京から全く見も知らずの土地に行くのだから。。

「ごめんね、おふくろ。
本当はワタスが結婚でもしていてもっと収入があれば、
介護しながら一緒に暮らしていくことができたかもしれないのに。」

ワタスは母親に謝った。

母親はそんなことまったく気にするなといい、
そんなことより早く嫁をもらえといつもの口調で笑っていた。


2016年、母親は82歳になった。入った施設にもようやく慣れ、
病気による身体の不自由さはあるものの、
とても元気で残りの人生を楽しんでいるようだ。

ただ、入所時よりも随分体重が減って枯れていく身体に
人間の生の儚さをワタスは母を見るたびに感じている。。



われわれの年齢は植物のそれである。牙をふき、生長し、花を咲かせ、しぼみ、そして枯れる

by ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー



森ゆに - バラの咲く庭で
https://youtu.be/tX5EvMZqjpM





関連記事

命日 ~父親からの贈り物~
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-153.html



本日もご精読ありがとうございますた。

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 コメント

Re:感謝 from マティックス

611さん、ありがとうございます。

ワタスがやってこれたのは、介護に携わる様々な方々のおかげまさにそのものなのです。

全く別々の団体の人同士が一つのスポーツチームのように素晴らしく良い連携がとれておりました。

そういう意味ではワタスは本当に恵まれていたと思います。感謝しかありません。

そして今回の記事を読んでくれた611さんをはじめとする皆さんに大感謝です。

図らずも from 611

胸がぎゅーっと締め付けられました。

マテさんが相当、ご苦労されてきたのは、
なんとなく想像はついてたものの、
想像以上でした。

書いてくれてありがとう。

Re: ありがとうございます。 from マティックス

ginsanさん、コメントありがとうございます。

最後の最後でシラケましたかぁ~(笑)。
ごめんなさいね。いきなり現実に引き戻してしまいましたね。

でも"老い"という事は"死"に向かっていくという事実に他ならないわけで。。

まあとんでもブログつうことで勘弁してください。

感謝 from ginsan

感慨に耽り読ませて頂いたが、最後の牙でシラケてしまいました。

Re: "老い"という学び from マティックス

みらさん、こんにちは。
毎日寒い日が続きますね。お体は大丈夫ですか?

さて、自分が歳をとるにつれて当然、親親兄弟、親戚一同皆歳をとっているわけで、
"老い"という問題は避けては通れません。

でもそれは"老い"という問題に対して誰もが体験する学びでもあると思っています。


ワタスは昔SF映画の観すぎで恐ろしいこと予感したことがあるんです。

50を過ぎたら国家が強制的に人の人生を終了させるのではないかと。
そうです、ボタン一つであの世行き。

そのために体内にチップを入れるのではないかと。

これは、ある意味社会的には利点があります。

すなわち"老い"への対処をしなくてもいい社会が出来上がる。

社会保障費や年金が激減し、介護という分野がほとんどなくなります。

昔はそのスイッチが戦争という出来事であったのですが、
未来世界は50歳以上の生存は認められない世界になるかも。。

ワンワールドオーダーの目的ってこれなんじゃね。

という妄想が頭を駆け巡っていました。


"老い"という学びは人間が人間である以上誰でも通る道ですものね。
でもできればピンピンコロリがいいよなあ(笑)。

心の支えであった人が亡くなるとその死を受け入れられない。。とてもわかります。
受け入れられるまでその人なりの時間がいることも。

悲しみの発散が十分にできていないと長く時間がかかるのかもしれません。

みんなの心に大きな位置を占められていた叔母様であったのですね。

みらさんの好きだった叔母様のご冥福を心からお祈りします。

マティックス

当然のことと分かってはいるものの… from みら

こんにちは。2月に入りましたね。体調など崩されてはいませんか?

みらです。とある占星術師の方によりますと、2月って個人の人生においても社会全体においても、とても重要なことが起こりやすい月だそうです。私にとってはなかなかキツイ経験をしやすい月だったりしますw。

ところで、当然のこととはいえ、親しい人の人生の黄昏を見ることは、なかなか寂しいことですよね。ウチの両親も80を迎えまして、特に父親は最近記憶もあいまいになって来ており、三姉妹で”何があっても動揺しないこと。後悔しないこと”を合言葉に、実家に顔を出すようにしています。

昨年末、母の妹に当たる叔母が、静かに世を去りました(享年76歳)。強くて面白くて太っ腹なおばちゃんでした。一生をキリスト教の神に捧げた人でしたが、50歳の時に誰もが”やめとけ!”と反対するような酒乱パチンカスと周囲の反対を押し切って結婚し、晩年には離婚騒ぎまで起こしましたが、結局、”カミサマに誓ったのだから”と、旦那の元で生涯を閉じました。

生涯で何度か大病をし、心臓の手術を受け、身体は辛かったろうに、立って入る時の姿勢はいつもしゃんとしていて病気には見えない気丈な叔母は、丁度一年前に大腸と肝臓に末期癌が見つかり、医者の言う通り、1年も持たずに召されました。

あまり交流出来なかったのですが、私は好きな叔母で、一度くらいじっくりお話したかった。いつもたいさん(母ですw)かチャコさん(叔母2です)が神様のお話とかしちゃうんで、本音で話せる機会が無く、それが結構残念だったりします。

お葬式はとても良いものだったそうです(広島なので私達は行けなかった)。沢山の教会の幹部クラスの方々からメッセージがあったらしく、さそり座らしいインパクトを遺して叔母は天国へと旅立ちました。ところが意外なことに母は、あれだけ信仰がある人なのに、叔母が亡くなったあと、それが受け入れられないと言っているそうです。自分でもその心境に戸惑っている様です(ちなみに酒乱パチンカス旦那は、叔母の死がかなりショックで食欲も無く、ただでさえ痩せていたのに更に小さくなってしまったらしい)。

今回のマティックスさんの記事で、叔母を思い出したので。実は丁度昨日49日だったらしく、納骨式があったそうです。

マティックスさんのお母様が、良き幸せに満ちた老後を送られますように。私は長生きが必ずしも良いとは思いませんが、美しい日々を送られますことをお祈りしますね。

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