黒い林檎 ~2001年、1995年 ニューヨークシティ・マラソンにて~ その3

BlackApple-1.gif

皆様、こんにちは。
実りの秋。ワタスの好物栗ご飯が食べられる季節なのですが、秋はワタス花粉症なのでうれしいのか辛いのかよくわかりません。
こないだも鼻をかみすぎて炎症をおこしてしまいますた。
おかげで瘡蓋をひっさげながら会社に行くと皆心配そうに病院へいけと言います。
大丈夫っすよん。いつものことですから..。
心配してくれる人がいてくれることに感謝しながら今栗ご飯を美味しく頂いておりやす。

さて、本日も前回に引き続きニューヨークシティ・マラソンのことをおおくりいたしやす。
本日はその3とその4をUPしますた。長いですから休みながらごゆっくりどうぞ。
そりでは。

~ ここより本編 ~


【2001年11月】
ワタスが2001年ニューヨークシティ・マラソンに出場しようと思ったのは、95年に残した苦い思い出を払拭したかったこともあるのだが、それだけではここには来れなかったような気がする。それは、課題を出題された生徒が長い年月を掛けて解く問題のようなものだろうか。


2001年より遡る3~4年前、当時ワタスにとっては激動の時代で前々から憧れていた部類の会社に移り変わっていた。
しかし、憧れていた会社の裏側は、なんともどろどろした世界であった。
仕事の押し付け合いは日常的で皆ハイエナのように簡単に実績が上がる仕事に群がった。
当然力のないものや新参者に難しい部類の仕事が回ってくる。
わが社の社員たるものは...というのがリーダークラスの口癖だった。
「わが社の社員たるもの困難を困難とせず.....etc」
よくいったものだ、自分達に困難がふりかかろうとすると末端にスルーで投げるくせに...。
皆エリート意識が強く、難しい論理を展開しては、苦境に陥るとわけもわからない横文字を並べた...そんな人達が多かった。
結局、声が大きいか物事の本質も捉えずにわけもわからん理論武装をしてカッコだけつけているような者だけが上にあがれるそんな世界であった。
アリンコをゾウに見せかける..そんな詐欺師のようなもののみが出世できる..なんとも狂った世界。
こんな世界に自分はいるのか..。(いや、これがその時自分が望んだ世界だとは当時のワタスには全くわからなかった)

そんな中で愚痴もこぼさず一人黙々と仕事をこなし、何においても沈着冷静、明晰な判断と抜群の行動力、誠実で心優しい男が一人いた。
ワタスよりも随分若いのであるが、うほっ!いい男っ!と誰もが惚れ込んでしまいそうになる。
(っていってもワタスはそっち系ではない)
スーパーマンをみたのは初めてであった。以降スーパーくんとでも言おうか。

95年にニューヨークで走ったことを話すとスーパーくんは大変興味を示してくれて自分も是非参加したいと話した。
スーパーくんはこの時、自分は近々会社を辞めてアメリカに留学する予定なのだと語った。
もし、ワタスが2001年にニューヨークシティ・マラソンに参加するなら会えるかどうかわからないけどスタート準備地点で待っているから自分を是非とも見つけ出してくれと言うのであった。

ワタスは了解した。ワタスは君を見つけ出す。君が参加していればの話だけどねと笑い合った。

あの時のことがふと頭に蘇った。
ワタスは来るかどうかもわからないスーパーくんとの再会を心の糧にしてようやくここまでやってきたのであった。

さて、そろそろハーフ地点(20キロ地点)が見えてきた。


【1995年11月】
かかとの激痛が少しだけ和らいできた。
しかし、足は上がらない。

それよりもただただまっすぐなこの道をはるか向こうの先まで走るのかと思うとなんともいえない絶望感がワタスを襲った。
こんな状態でホントにあそこまでいけるのだろうか..。

ああ、歩きたい...。
歩く誘惑に駆られながらしかし一回も歩かなかった。
歩くとそれがくせになり、終わりまで歩くようになってしまう。
遅くてもいいから走るんだと自分にムチを打った。

ワタスは思い出していた。
実はワタスが使ったツアーの二日目に希望者だけを集めてコースの下見をやってくれたのであった。
その時に仲良くなったご夫婦がいて、1年前にもこのマラソンに出場されたそうだ。
旦那さんはその時なんと今のワタスと全く同じ状態になりこの辺で棄権したそうである。
ああ、そうか、あれはワタスに注意しておけという合図だったのか..。

saucony-1.gif

ツアーに申し込みをした時、サッカニー(SAUCONY:結構有名どころです)のシューズがツアー会社から送られてきた。かかとのヒールスポンジが厚くとてもかっこ悪かったのでいつも履いているシューズを選んで持ってきたのであった。

あれもワタスへの注意だったのか。そんなシューズだとかかとをマジで痛めるぜと暗に教えてくれていたのだ。
時空は時折注意点やら必要な情報をちりばめて送ってくる。
しかし、ワタス自身がそれに気がつかないと結局、苦難にぶち当たってしまう。
95年当時はそれに気がつくようなそんな心の持ち方ではなかった。
まるで難行苦行に裸で飛び込んで行くようなものであった。
(苦行マニアかっ...たぶんワタスの前世は苦行僧か聖職やったのかも(おちんですノートじゃなくておちんノートを参考にすると..))


【2001年11月】
憧れて入った会社に絶望したワタスは1年後その会社を後にした。
ワタスは次のあてもなく当時再就職超氷河期真っ只中へ踏み込んでしまったのだ。
案の定なかなか再就職先がみつからない。これではスーパーくんとの約束なんか夢もまた夢だ。

と、ここでハタと思った。
自分は一体何を求めているのかと。

どういう会社や職場にいたいのだろうか。
どういう人達にこれから会いたいのだろうか。

今まではっきりと自分自身に要求を出したことがあっただろうか?

これはたとえば、
自分の彼女がワタスに今日何が食べたい?
って聞いてきて、ワタスがなんでもいいっていっているようなものかもしれない。
一生懸命作った料理にええ?これは食べたくないよっていうたら咄嗟に必殺パンチが飛んでくる..そんなボケツッコミの展開が今までだと思った。

自分への要求が曖昧だから潜在意識は自分の鏡に映る世界を優先してチョイスしてくるのだ。
課題が多い人はその傾向が強いのではないだろうか。
鏡に映る世界からチョイスされて登場してきた人間はその課題を解決するカギを実は握っているかもしれないのではあるが..。


いずれにしても

自分の要求を自分に伝えよう

そしてその前に自分の心にひっかかってきた人々の顔を思い出し、
批判抜きに自分の感情はもちろん相手の感情もそのまま認めてあげることにした。

自分の中に宿る黒い感情をワタスは認め出した。
出会ってきた人達の顔を思い浮かべ自分自身と重ね合わせた。

彼らはワタス自身の分身であり、ワタスが引き寄せていた意識の一部のようなものであることがなんとなくわかってきた。
反することなく認めてあげることで自分に対しての問題がはっきり浮かび上がってみえるようになってくる。

その頃はホオボノボノという言葉は知らなかった。今思えば同じような事をしていたのかもしれない。

それから潜在意識へ自分の要求を伝える方法として2つのことをやってみた。
一つは自分の内へ向かう儀式。
(これは一部下記の中に書かれております)

3次元猫のパラドックスは我々を何処に導くのか?-(念と現象化編)
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-31.html

もう一つは自分の外へ向かう儀式。
これは方位学旅行。(そのうち記事にします)

そんなある日、一度に3社も内定が取れたのであった。
その中の一社に決めようとしていた矢先にもう一社面接を受けたい会社がなんとなく目に留まり、
その日に面接しなんとその日のうちに内定をもらったのであった。まさに運命というのはこのことだろうか。
何かに導かれたとしか思えない奇跡の展開。この時が初めてではないが運命が動くときの匂いは同じだと思う。

ここ(ニューヨーク)に来れたのは、そのような不思議な導きがあったからでもある。

さて10キロ地点はお祭り騒ぎだ。
沿道ではいろいろな応援が繰り広げられていた。
JAZZありロックあり、チアリーディングあり、ブラスバンドあり、皆が祭りを盛り上げていた。
どの応援者も笑顔がとても優しく映った。6年前はこんな笑顔をしていただろうか。
911の事件がニューヨーカー達をまとめているとしたら、なんだかとても複雑ではあるが..。


【1995年11月】
ようやくセントラルパークに入った。
しかし、ここからが長い。
かかと痛の左足は引きずったままだ。歩くのと同じくらいのスピードで走っている。顔は痛みで歪んでいる。

前のおじさんが大きな国旗を振りながら走っている。ギリシャだ。
こんな時、ミニ日の丸でも持ってくればよかったなあと思った。
日本人は主張が足りないと言われる所以が少しだけわかったような気がする。

コース最後の観客席があるクライマックスへと差し掛かった。

大歓声が上がる。
足を引きずったワタスはその迫力に圧倒されて痛みをしばらく忘れていた。



【2001年11月】
なんともスローな立ち上がりだ。
まあ、ゆっくりいこう。
タイムよりいかに楽しむかが今回のテーマだ。
とエイドステーションが見えてきた。

aidstation-1.gif

ここでエイドステーションのことを少し説明しておこう。
エイドステーションは5キロぐらいの間隔に設置されている。
その場所場所によって置いてあるものが違っているのだ。

主においてあるものをあげますと。
水、ゲーターレード(オレンジ味が主流)、ガス抜きのごく薄味のコーラ(コーラ味の水)、
場所によってはココア(人気集中すぐなくなる)。
細かく切ったオレンジ、バナナ、甘いだけのチョコバー(これは普通はまずいがマラソン中はなぜかうまく感じる)。
細かく切った固いベーグル。(ニューヨークのベーグルは日本で売られているような柔らかいベーグルではない)
水を含ませたスポンジ(これかなり臭い、それにボロボロのスポンジである。こうやどうふみたい。)
ワセリン(腿に塗る)
などなど。

最初、ガス抜きのコーラがいまいち解せなかったが、走っているとこれがまた美味に感じられるのだ。
それからはガス抜きのコーラをよく飲んだ。ゲーターレードよりも旨いかもしれない。

エイドステーションの兄ちゃんにガス抜きのコーラーを頼んで「これ美味しいね。」っていったら満面の笑みを浮かべていた。
一言二言挨拶を交わし、肩をたたかれ励まされてまたコースに戻った。
笑顔が嬉しい。
ワタスもうなずいて笑顔を返した。



【1995年11月】
長い長い道のりの果てにゴール地点が見えてきた。
涙が溢れて止まらない。
顔をくしゃくしゃになるのを堪えてゴールのゲートをくぐった。(時間は4時間12分でした。)

声を上げて人目をはばからず号泣した。途端にボランティアのお兄さんやお姉さんが駆けつける。
肩を抱いて"大丈夫、大丈夫だよ"って言ってくれた。なんかその時の言葉の暖かさに感動してまた泣いた。

一緒に歩いていくうちに少しづつ気持ちが落ち着いてきたのだが、
「ありがとう」の言葉しか頭に思いつかない。ワタスは裏返しになった声を振り絞って「ありがとう」を繰り返した。

ボランティアのお兄さんは昔からの友人のようにワタスの肩を叩きながら、
「来年もきっと来てね。待ってるよ」とワタスに黒い林檎を渡してさわやかに笑った。


To Be Continued
(その4に続きます)

ご精読ありがとうございました。
よろしかったらポチっと押しておくんなまし。



スポンサーサイト

 コメント

コメントを書く









管理者にだけ表示を許可する

 トラックバック

トラックバックURL
 ⇒http://matix.blog100.fc2.com/tb.php/49-a9b20f0d