おせがき会

皆様こんにちは。暑中お見舞い申し上げます。ってもう残暑ではないですか。
ついこないだ台風マーゴンさんの影響でちょこっと肌寒い日が続いておりますたが、なんの暑い日は続きますのう。まだまだ夏はこれからが本番デス。

う~む、こんな時はこれか?

キャンディーズ 暑中お見舞い申し上げます
http://youtu.be/glTzylhID4A


この頃から萌えってあったのですね(笑)。(*^_^*)
スーちゃんのご冥福をお祈り致します。


さて、本日は先日行なわれた"おせがき会"のことをちょこっと書いてみようと思いまつ。
あまりまとまっていなかったらごめんなさーい(汗)。。

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ワタスの家がお世話になっている東京駒込にあるお寺で年に一度行なわれる"おせがき会"というものがありますた。"おせがき"とは何かといいますと、これは仏教用語でございまして正式には施餓鬼(せがき)と書き、「餓鬼に施す」と読み、死後、餓鬼道に堕ちてしまった御霊のために食べ物を布施し、供養する儀式をいうのだそうです。

だいたい旧暦のお盆(7月15日頃)に行なわれるのだそうですが、「そもそも餓鬼道なんかに堕ちてないから。。」などどあの世の父親から突っ込みを入れられそうですが(笑)、まあそれはそれとして、この日はお寺にとっても一大イベントであり、約200人くらいの檀家さんが一同に集まり、いろいろ盛りだくさんの催しが行なわれました。

まず、お昼前よりお座敷で精進料理が振舞われ、年に一度のお寺のお料理に舌鼓を打ちます。そして一同本堂へと移動し、そこで小1時間程演芸を楽しみます。今年は有名落語家さんによる古典落語でありました。

お題目は"御神酒徳利"。

Googleに同じ演目の動画がありましたので参考までにどうぞ。

御神酒徳利
http://video.google.com/videoplay?docid=-7720895128332997589#
osegaki-1.gif

これなかなか面白かったです。最近はこのおせがき会も若い人達がチラホラ来るようになりました。若い人達にも受けるようなものをいろいろ考えているのだなあとお寺の心遣いを感じました。

さて、落語が終わり休憩を挟んだ後、お話上手なお坊さんによる説法が小一時間ほどありました。若いお坊さんなのですがなかなか話がうまく昨年は大成功でした。が、今年は少々準備不足のためか昨年より話のキレがありません。

それでも檀家さん達は、皆この若いお坊さんを見つめ、心の中で"がんばれ!"と応援しているのがわかります。若い人の育成のためにあえて話をさせて黙ってじっと聞いてあげる。。(なんかこれいいな。今の時代にはないあったかいものがそこにあったような)今度は檀家さんたちの心遣いがワタスの心ににジンジン伝わってきました。

終わった時にほっとしたため息のような気配を感じつつ説法も終り、いよいよ御施餓鬼会の儀式ライブ(笑)がやってきました。そこのお寺以外からやってきた同じ宗派のお坊さん達も加わり、皆で"大乗妙典観世音菩薩普門品偈"というお経を読み上げる中、本堂中央では坊さん達が逆コ文字で時計周りに回りだします。

蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自回去
がんじゃーぎゅうぶつかつ けーどくえんかーねん ねんぴーかんのんりき じんしょうじーえーこー

この"大乗妙典観世音菩薩普門品偈"というお経を読んでおりますと、まあおどろおどろしい言葉が並びます。
でもはっと思いますた。
キリスト教などの宗教は自分が真理に進んでいくための哲学というか手順みたいなものかもしれなくて、かたや仏教は、真理に気がつかず、迷いに迷ってどん底で蛆(うじ)のようになってしまった魂でさえもそこから救うための哲学なのかもしれないと思ったのですた。見返りも何も無しにただただ救い上げるとはなんと慈悲深い考え方なのでありましょう。

お釈迦様や観音様がフーテンの寅さんのように思えて(笑)しょうがなかったのですた。
(おいちゃんと一緒に登っていこうや~、なーつて。)

そもそもお施餓鬼というのは、お釈迦様のお弟子さんである阿難さんという人のお話でありましてこりはなかなか良いお話です。

本日はその話をマティックス語り部バージョン(なんと、やるんかい)でおおくりしてこれにて終りにしたいと思います。せば。


お施餓鬼の話(マティックス語り部バージョン)

むかしむかし、お釈迦様の弟子に阿難というものがおりました。
或る夜のこと、阿難がいつものように瞑想をしていると、どこからともなく、口から火を吐く"ゴジラ"..じゃなくて"焔口餓鬼(えんくがき)"という餓鬼が現れ、阿難に向かって「阿難よ、お前は三日後に死ぬのじゃ~」と告げました。

阿難はとっても驚いて(超ビビリな阿難くん)、
「えっ、え~!死ぬのは嫌ですぅ~その苦から逃れるには、ど、どうすればよいのですか?」
とビビリながら尋ねると、

餓鬼はエッヘンと鼻を鳴らしながら、
「明日中に餓鬼道に住むすべての餓鬼のために飲み物と食べ物を用意するのじゃ。そして佛(ほとけ :釈迦)・法(ほう :佛の教え)・僧(そう :教えを実行する教団や僧侶)の三宝に供養せよ。さすれば、わしをはじめ多くの餓鬼が救われ天界に生まれ変わることが出来る。お前も餓鬼道に堕ちる苦から逃れ寿命ものびのびのびーるだろう~。どう、やるの?やらないの?」
と言いました。

これには阿難も困ってしまいました。そんな沢山の飲み物と食べ物を用意するだけのお金がありません。
ど、どうしよう~。ビビリな阿難くん、夜通し考えてもいい案が浮かばない。
弟子の中で最もお釈迦様の話を多く聞いている阿難、こんな時にお釈迦様の教えを役立てないでどうする。。
しかし、無常にも時間だけが過ぎて行く。焦る阿難。
と気がつくと空は白々しく明け始めました。

「私は今までお釈迦様の話を何聞いてきたのだろう。。ただ貪り聞くだけで結局は餓鬼と同じではなかったか。。」阿難は考えても考えても何も浮かばない自分の無力さに悲しくなり、つい涙がこぼれてしまいました。

と、そこへ師匠のお釈迦様が♪新しい朝が来たぁ~希望の朝だ~と元気に歌いながらやってきました。阿難はお釈迦様の姿を見かけるとわんわんと大声を上げて泣き始めました。

「わ~ん、お釈迦様~(>_<)/」(号泣中)

「阿難、阿難よ~。」お釈迦様はやさしく声をかけました。

阿難は泣きながら昨日からのいきさつを話し、教えを乞いました。

「阿難よ、お前は誰よりも多く私の話を聞いている。しかし、これまでのその姿は、貪る餓鬼の姿と一緒だということに気がついた。貪る心の姿こそ餓鬼の正体じゃ。今回のことでおまえは多くのことを学んだのだ。さあ、涙をお拭き。これから施餓鬼という餓鬼道に堕ちた者達を救う供養の方法をおまえに教えてあげよう。」
そういうとお釈迦様はこれこれしかじか阿難に供養の方法を教えました。

すると阿難に力が湧いてきました。
「よ~し、やるぞ!」自分に渇を入れ、すくっと立ち上がりました。
その目は今までのヘタレ阿難ではありません。
阿難は早速、一鉢の食を設けお釈迦様から教えられた呪文を唱えました。

陀羅尼(だらに :御経のひとつ)」

するとどうでしょう。忽ちその一鉢の食は無量の飲食となりました。

阿難は叫びました。
「餓鬼よ!これはありがたい天のご慈悲です。たんと召し上がりなさい。そして天に帰するのです。」

すべての餓鬼に飲食が行き渡り、飢えや渇きを癒すことが出来ると餓鬼の顔がいつしかかわいい子供の顔に戻っていきました。

「阿難さん、ありがとう・・・」無数の魂がキラキラと天に昇って行きました。

阿難はその光景をみるとほっと安堵し、そして教えてくれたお釈迦様に大きく感謝しました。
その後、阿難はツキにも恵まれ寿命ものびのびのびーたくんということです。(めでたしめでたし)

以上マティックス語り部バージョンでした。


貪る心の姿こそ餓鬼の正体。
旧盆で亡き人々を供養する名目で行なわれるお施餓鬼会ですが、
実は供養する側であるワタス達自身をみつめる為の会だったのですね。。
な~む~。

合掌


ご精読ありがとうございました。
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